第71話 名門の衰退
不破関 竹中重治
1562年秋
「これは一体どういうおつもりか?」
私の目の前には数千の軍勢を率いてきた朝倉景健殿と六角義治殿が困惑と怒りの形相で立っていらっしゃる。
龍興様が私を赦す条件として与えられた任がこれです。此度の公方より命じられた織田征伐、そのためにこちらの意思を無視した援軍の動員を何事もなくそれぞれの国に返すこと。
安藤様や稲葉様の説得により周辺国の信頼を失うような暴挙に出なかった龍興様は、最期に賢明な判断をされたのだと素直に賞賛することにしましょう。
今回この方達をお返しするこちらの言い分は、主である龍興様の体調がすぐれないということにして尾張へと兵を向けるのは現実的ではないと判断したと言って帰って貰う。
「主、龍興は現在病で臥せっております。とてもではないが兵を指揮できる状況にございません」
「俺達は公方様の命で兵を動かしているのだ。一介の大名の言葉と武士の棟梁である公方様のお言葉、どちらの方が重要か冷静に判断した方がいい」
「六角様、ご安心を。既に公方様のお使者様には断りをいれておりますので。すぐに公方様より行軍停止の命がそれぞれの国に伝えられることでしょう」
六角殿は終始不機嫌さが見え隠れしています。やはり六角からすれば斎藤家も下克上により成り上がったお家。
対して六角は長年幕府を、そして畿内を支え支配してきた。さらに先祖は鎌倉幕府が栄えた時代に近江守護を務めていた佐々木家の分流であるという由緒正しき家柄。
朝倉は朝倉で長年越前守護として幕府の信頼厚い家柄であり、遡れば天皇の血筋をひいているとも言われている名門です。
此度の斎藤の判断が六角や朝倉を馬鹿にしたものだと捉えられても仕方が無いのかも知れません。
「だとしてもだ。我らが美濃へ入ることを断る役割がこのような若造だというのは些か馬鹿にされているようにも思えるが?」
「それは私に言われても困ります。あくまで主様の命ですので。それに今回の件でお二方が逆上され美濃へと侵攻されたとき、真っ先に狙われるのは私の守る菩提山城ですので、こちらとしても必死になります」
六角殿とは対照的に朝倉殿はそこまでお怒りではない様子。精神的支柱であった朝倉宗滴殿亡き後、加賀の一向宗を押さえるのにだいぶ苦労している様子。そんな中で命じられた織田征伐の援軍ですからね。
三好を相手取るよりは良いと義景殿は判断したのでしょうが、それでも越前を離れて、はるばる遠い地で戦をすることに気が引けていたということでしょうか。
「竹中殿の言い分も分かるが、おいそれと兵を退くわけにはいかぬな。六角殿は当主様自らの出陣で判断も出来るであろうが、我らは殿が越前におられる。判断を仰ぎたい。それまでの間、この地にて留まれせてはくれぬか?」
「それはもちろんにございます。出来ればもう少し早くにお知らせすべきだったものを、こちらの事情でこの不破関までやって来て頂いたので。ただし監視だけはさせて頂きます」
「問題ない」
景健殿は全軍に行軍停止命令を下され、野営の用意を進められる。
対して六角殿は何も言われぬ。考えられているのだろうか?いや、そういった様子でもない。
馬鹿にされたと悔しくて、憎しみの感情に襲われているのでしょう。
しかし大丈夫です。六角の援軍の大将が義治だと聞いた時からすでに対策をとっておきました。
判断が早ければそろそろ報告が上がる頃でしょう。
そうこうしているうちに何やら慌てた様子の男が六角殿に耳打ちをされています。その言葉を聞いて顔が青ざめていき、そして何かを指示して私を見られました。
「斎藤殿にはお体大事にするよう伝えろ。俺達はすべきことが出来たため兵を引き上げる。ではな」
全軍に指示を出して六角殿は兵を不破関より退かれた。どうやら浅井に送った文は上手く作用してくれたようです。
「慌ただしい男だな」
「そのようでございますね」
景健殿も数日後には主である義景殿より、撤退了承の返事を頂き不破関より兵を退かれていった。
その数日、私は朝倉軍の監視という名目で不破関に留まり続けたが、朝倉景健という男の事がよく分かった。宗滴殿という柱がいなくなった朝倉家ではあるが、あのように忠義に篤い将がいるのであれば、とうぶんは朝倉も安泰かも知れない。
しかし今以上に勢力を伸ばすことはないでしょう。
私の主としては些か力不足のようにも感じられる。それに将軍家と繋がりを持っているということは、結局それが足枷になりかねないと言うことも、今回の一件でよく分かりました。
私の願いが叶うのであれば、そのような柵のない御方に仕えたいものですね。
季節はもうじき冬がやって来ます。
兵を動かすには難しい季節。だからこそ、今が好機なのです。
安藤様、稲葉様、氏家様の目指す美濃の新たな始まりのために、もう一仕事頑張りましょうか。
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