第70話 西美濃の実力者

 菩提山城 竹中重治


 1562年秋


「殿よりお下知があった。先の一件の無礼は、此度の働き次第で赦して頂けるとのことだ」


 安藤様はわざわざ私に伝えに来てくださったらしい。おそらく後ほど龍興様の正式な使者も到着されるだろうが、そちらはどうでもいい。


「あの行いをしてこの程度に済んだこと、お二方のお力のおかげにございます」

「何を言うか。どうせ我らが殿に言ったところでお耳にすらはいらなんだだろう。おぬしが予めはっきりと言っておったから、このような判断を下されたのよ」


 上機嫌に安藤様は話されているが内心は激しい怒りに襲われているに違いないでしょう。

 なんせ西美濃の大部分を押さえられている安藤守就様、稲葉一鉄様、氏家うじいえ直元なおもと様は現当主の龍興様に避けられている。私とは違う意味で嫌われているのです。

 理由は斎藤家三代に仕えてきた重臣であるお三方は、全てにおいて正しいことを申される。未だお若い龍興様が何をされるにしても、この方達を通す必要があると周りが思うほどに。それ故にご自身が寵愛している家臣だけを側に置き、目障りだと捉えている重臣の方々を遠ざけられた。


「別に赦されたいとは思っていないのですがね」

「分かっておる。我らはすでにあの御方に付いていくことは出来ぬ。重治はこれから起こすことのために、邪魔なものを美濃に入れぬよう動くのだ」

「かしこまりました。後のことはすべてお任せいたします」

「任せよ。氏家殿が万事整えている。美濃はこれより生まれ変わるのだ」


 安藤様はそれだけ申されると、部屋から出て行かれた。私は軽く礼をして、側に居たものに見送りをするよう伝える。そのついでに弟である重矩しげのりを呼ぶように伝えておいた。

 しばらく待っていると1人で重矩が部屋へと入って来ました。なんとも不安そうな顔つき。


「兄上、私にお話とは一体何でございましょう?」

「あまり話を急がずに。まずはそこに座りなさい」

「はい」


 周りに誰も居ないことを不審に思いながら、私の目の前に腰を下ろす。しっかりと座ったことを確認し、私は私の覚悟を話すことにしました。


「まず最初に重要なことを言います。数ヶ月前、父の死去により私が竹中家を継ぎましたが当主としての立場を重矩に譲ります」

「・・・今、何と申されました?」

「当主は重矩に託すと言いました。しかし今すぐというわけではありません」


 弟はホッと一息はいた。それはまだ先の話だと捉えたのでしょう。しかし実際はそれほど先の話ではない。


「では一体いつの話なのですか?」

「先ほど安藤守就様が来られていました」

「存じておりますが・・・」

「安藤様は龍興様が私に下された命を伝えに来てくださったのですが、その任を完了し次第当主としての役目をあなたへと譲ります。それ以降はあなたが竹中家を切り盛りしてください」


 口をパクパクと動かすだけで、肯定も否定も出て来ませんね。突然の話であったことは認めますが、時間が無いことも確か。

 これ以上、計画を引き延ばすことは出来ないのです。


「それは本気で申されているのですか!」

「えぇ、私が冗談を言ったことがありましたか?それもこのような重要なことで」

「・・・ないです」

「でしょう?私が当主であり続けたとき、竹中の家を危険にさらしてしまう。もしもの時はすぐに兵をおこし稲葉山城にいらっしゃるであろう龍興様の元へと向かいなさい。それで万事解決される」

「い、一体兄上は何をされるおつもりなのですか!?」


 これから私達がやろうとしていることを、わずかにでも感じ取ったのでしょう。震えた口調で弟は私へと問いかけてきました。

 しかしこればかりは身内であろうと打ち明けることは出来ませんね。あとのことは全て弟と一族の者らに判断を任せるしかない。

 ただ1つ言えることは、私が当主で居続けることよりはきっとましであるということ。


「これで話は終わりです。今の話、時が来るまで誰にも言ってはいけませんよ?無用な心配はすべきではありませんから。それにその時が来れば私がみなを納得させますので」


 私が立ち上がった後も、重矩は微動だにしませんでした。弟も弟なりに色々考えているのでしょう。あとは1人にしてあげましょうか。

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