第69話 智者は悟る

※現在224話まで投稿している筆者からのお知らせです。この投稿以降、竹中重治(半兵衛)の登場機会が出て来ます。

当初は竹中半兵衛表記で書いていましたが、224話になって重治に変更することを決定いたしました。

これから半兵衛表記を全て書き換える作業をしますが、もし重治に直っていない場所があればコメントに残して頂けるとありがたいです。都度修正をかけます。

よろしくお願いします。

 


 稲葉山城 竹中たけなか重治しげはる


 1562年秋


「今何と申された?」

「公方様は織田を滅ぼし、斎藤龍興様が尾張の支配者になることを望まれております」

「そうか、公方様は私を信頼してくださっているのだな」


 何度聞いても呆れて声が出ません。これが武家の棟梁の言葉だというのだから世も末だと思わされました。

 そしてそんなくだらないお言葉にすら、私達の主である龍興様は嬉しそうなお顔をされるのです。


「すでに公方様の命により、朝倉あさくら景健かげたけ様が越前より北近江へ、六角ろっかく義治よしはる様が美濃の国境へと兵を動かされております。龍興様には彼らの軍に合流して頂き、その勢いのままに尾張へと攻め込んで頂く手はずになっております」

「朝倉に六角か!なんと心強いことだ。これで長年争ってきた織田との戦いにも終止符が打てような」

「まことめでたいことです」


 公方の使者として参られた進士晴舎の説明に龍興様含め、多くの家臣らが気分を良くしているが、何故ここまで暢気でいられるのでしょうか。

 そもそも六角はここ数ヶ月戦が続き、北近江で独立を果たした浅井にいいようにやられ、公方様には対三好における先鋒として畠山と共に使われている。

 さらに今の六角を率いているのは、義治という不出来な男だというではないですか。

 朝倉家もまた同様。朝倉あさくら宗滴そうてき殿がご存命の頃は強かった。しかし加賀一向宗との戦の最中病に倒れられ、一乗谷でその生涯を終えられた。それからの朝倉は軍事面において明らかに弱くなっています。その証拠に公方様からの畿内の安寧をはかるという名目の出兵をことごとく断っているそうですからね。

 どう聞いても精強な援軍とは思えません。

 これはむしろ公方様から斎藤家への嫌がらせなのではないかとすら思えてしまうほどにお粗末な援軍。


「うかない顔をしておるな、重治」

「いえ、そのようなことは」

「殿、察してやってくだされ。重治殿はまだ戦に出た経験があまりなく、織田との戦に気圧されているのでございます」

「そ、そうか。気づいてやれずに悪かったな」


 周りの方々の笑い声には明らかに私を嘲笑するものがあった。主に外見から私を馬鹿にしているのでしょう。女のようだと。

それに武芸に興味を示さず書物を読みあさっていたことも拍車をかけたのかもしれない。

 私を馬鹿にしているのは龍興様の御側近ばかり。間違いなく殿自身も知っておられる。それでも止めはしない。


「お気になさらず。戦の経験が少ないのも事実ですので」

「殿、では策士である重治殿に此度はどう攻めるがよいか聞かれては如何ですかな?」

「それはいい。絞り出した策を我らが採点してやりましょうぞ」


 また始まった。いつも難癖を付けてはさらに笑いものにする。どれだけ論破したと思っても、わけのわからぬ論を組み立て押し切る。


「重治、此度の織田攻め如何するのが良いと思うか?」

「遠慮せず答えれば良いぞ?」


 すでに嘲笑が漏れている。その気色の悪い笑みを凍らせてやりましょうか。そして二度とこの者らの顔は見ない。見るとしても味方としてではなく敵としてです。


「では遠慮無く言わせて頂きましょう。織田と戦うは下策、公方様の口添えで成した和睦を反故にするは近隣の大名家や国人領主より信を失うこととなりましょう。此度は味方として動く六角や朝倉は元より、急速に力を付けた武田や浅井からも敵視されるようになりましょう」

「公方様は織田を討伐することをお望みです。公方様のお力があれば、」

「お力があれば自力で三好を畿内より追い出すことが出来ましょう。それが出来ぬから外の力を使おうとされている。それは此度の斎藤家であり、迷惑にも被害を被った今川や六角、それに朝倉です。このようなことをしている上に、和睦を仲介した公方様がその約定を反故することを推奨したなどと知られれば、二度と幕府の中枢を取り返すことなど叶いますまい」

「ぶ、無礼ではないか!重治と言ったか、其処へなおれ。公方様を侮りしこと許せぬぞ!成敗してやる!」

「公方様の使者が他国の家臣を斬られるのですか?理由はどうあれ大問題ですね」

「幕府を、公方様を侮辱した大罪人を斬るのだ。理は私にある!」

「では斎藤家に不利益をもたらした進士殿を斬っても理は私にあります。斎藤家の滅亡を防いだのですから」


 険悪な雰囲気。お互い刀へと手をかけている。先ほどまで私を笑っていた者らは、緊張のあまり顔を強ばらせ汗を異常なほどかいていた。


「止めよ。重治殿、そなたは城に戻られた方がよい」

「安藤様・・・」

「あとは儂らに任せよ」


 遅れて部屋へと入ってこられたのは安藤あんどう守就もりなり様だった。斎藤家に代々使える重臣中の重臣。そしてその背後より稲葉いなば一鉄いってつ様も続いて入ってこられる。


「よろしくお願いいたします」

「うむ」

「進士殿、大変失礼をもうしました。しかしこれも斎藤家を案じてのことだということをご理解頂きたい」


 私はそれだけ伝えて部屋の外へと出た。そして稲葉山城からも出る。

 城門にて城を見上げ、小さく息を吐いた。もうこんな主に仕えるのはごめんです。私は私が仕えるにふさわしい方を探したい。それが叶わないのであれば、このまま隠者として過ごすのも悪くないかも知れない。

 私は亡き父より託された菩提山ぼだいさん城へと馬を走らせた。

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