美濃は混沌を極める
第67話 忠義とは
室町第 細川藤孝
1562年秋
「どういうことだ!?何故信長が松平と同盟を組むことになるのだ!」
今日の公方様はだいぶ荒れておられた。原因は今も口にされていた信長様と三河の松平元康様の婚姻同盟。
何度も諫言させて頂いたのだが、私の思い違いだと何かと信じてもらえず今に至っている。
他の幕臣の方達も困惑した様子であるが、みな何度も私の言葉を聞いていたはずだ。一体、内心公方様の事を如何思っているのか気になるところである。
「公方様、落ち着かれませ。まだその情報が本当かなど分かりませぬ。どこぞの商人が京で広めた噂という可能性も」
「火のないところに煙はたたぬと言うではないか!現に信長は何度も松平の討伐要請を無視しておった!征夷大将軍である予を蔑ろにするなど決して許せん!」
幕臣は誰も彼もが困り果てている。それもそのはず、公方様に付き従う我らには力が無いのだ。唯一あるのは公方様の権威だけ。しかしそれすらも意味のないものへと成り果てようとしている。
または御実家のお力か。
「藤孝!そなたに信長との交渉を任せたはずであろう。これは一体どういうことなのだ」
「・・・」
思わず絶句してしまった。まさかこれまで私を無視してこられたことを無かったことにするおつもりなのか。
私の無言に不快感を得られたようで、さらに語気を強めて
「どういうことかと聞いておるのだ!おぬしは余を裏切っておったのか!!」
兄が心配そうにこちらを見ているが助け船を出してはくれないようだ。しかしそれも仕方ないことではある。兄にも守るべき家があり、それは私も同様のことであった。
なんとしてもこの場を切り抜けねば、私の命もここで絶えることになるやもしれん。
どうにか弁解しようと思ったその瞬間、ある方のお顔が私の脳裏をよぎった。
『忠義のために死ぬのは大馬鹿者だ』
確かに私にかけてくださった言葉ではあった。しかし想い人は他にいるようなその言葉。
信長様はすでに将軍家に見切りを付けられていた。私は一体何のために足利家に忠義を尽くすのか。父も将軍家に忠義を尽くしたからか?しかし私は何もして頂いていない。
それにも関わらず命を張れと申されるのか?
「・・・」
「何故何も言わぬ?やましいことでもあったか!」
「畏れながら言わせて頂きます!」
初めて公方様の目の前で声を張り上げたやもしれん。周りの方々も驚き目を見開かれている。当然兄も。
「な、なんだ。突然」
「私は尾張で信長様と守護任命の件、そして将軍家と縁を結ぶ件を交渉し室町第へと帰還した際、何度も公方様に申し上げました。それを聞き流し今川家へと押し出されたのは間違いなく公方様にございます。私が今川で公方様のお言葉をお伝えしたとき、今川家中でどのように言われたのかご存じですか?」
「・・・」
「公方様の行いは結果今川を危険にさらしたと、大層困惑されておりました。そしてその根底には、先代当主を討った織田との協力など不可能だと考えられております。そのようなこと当事者である今川の方でなくとも分かったはずではありませぬか」
「・・・もう良い」
「しかし誰も公方様をお諫めせず、挙げ句の果てには」
「もう良いと言っておろう!」
公方様はおもむろに立ち上がられ、そして装飾用の刀を手に取りそれを抜かれた。
間違いなく私はここで命を散らすことになるだろう。しかし私が命を賭けてまで行った最期の諫言が誰かの心に刺さってくれれば、まだ将軍家はやっていけるはず。
目を閉じて最期の時を待った。
「公方様!どうか!どうか私に免じて弟を赦してやって頂けませぬか。お願いいたします!!」
「おぬしも藤孝と同じ気持ちなのか!」
「そうではありませぬ。しかし血の繋がる兄弟であることは間違いありません。この乱世であっても、血の繋がったものを亡くすことがどれだけお辛いか、公方様もご存じのはずです。どうかっ!どうか!」
目を開けると、殿の前に塞がり頭を地面にこすりつけている兄の姿があった。そしてその姿に動かされた幕臣の方達も公方様を宥めるために動かれた。
「・・・もうよい!斬りはせぬ。ただし蟄居とする。予が許すまで屋敷で大人しく過ごし、頭を冷やすのだ!」
「寛大なご処置、感謝いたします!」
私はどうやら生き残ったらしい。しかしこの一件で十分に分かった。
幕府の再建はあり得ぬ。最早将軍家には何もない。信長様の言葉には全てが詰まっていたのだと。
「藤孝、おぬしは下がれ」
「兄上、かたじけのうございます」
私は公方様の前から下がり、その足で屋敷へと帰った。当然公方様から監視は付いたが、この長すぎる蟄居は私を見つめ直す良い機会になったことは間違いない。
ただし、困ったこともある。公方様はご自身で和睦を成したにも関わらず、美濃の斎藤龍興様へと使者を送られたようだ。
内容は尾張織田信長様を討つこと。そのために将軍家は全力で支援するとのことだ。将軍家の支援といっても、六角や浅井、朝倉に出兵要請をするのだろうが果たしてどこまでご命令に従うのやら。
「兄上、申し訳ありませぬ」
ある日を境に京より細川藤孝の姿を見たものはいない。
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