第56話 水軍衆の任命

 大井川城 一色政孝


 1562年春


「殿、今川館より使者が参りました。急ぎ登城せよとの事にございます」

「わかった。そろそろ来るだろうと思っていたところだ」

「そうでございましたか」


 昌友はその場から下がることなくその場に座り直す。


「先日の模擬戦、如何であった」

「はい。一色にもとよりいた水軍衆の者らにはよい刺激になったようにございます。また寅政殿や親元殿との交流も積極的に行われているようで」

「それはよかった。模擬戦の1番の狙いは成功と言えそうだな」

「しかし氷上様は相当お怒りだったようではありませぬか」

「護衛を撒いてあの場所に行ったからな。そりゃ怒られるだろう」

「何故そのように他人事なのですか」


 俺と昌友が幼い頃良く登っていた丘に、久と共に行って模擬戦を眺めたのだ。予定外の客人もあったが、天気は良くいい眺めであり海もよく見えた。

 模擬戦が終わった直後に時宗に見つかり、人目も憚らず相当説教をされたが俺としては大方満足をしている。それに当然俺だって久を連れて危険を冒すわけもない。表向きの護衛は撒いたが、栄衆の者らはちゃんと付けていた。

 だからこそ例の客人が俺に声をかけてきたときは驚いたが、その名前を聞いて納得した。栄衆が動かなかったわけだ。

 長岡藤孝。それは未来の公方様である足利義昭様が15代将軍になった後、細川藤孝が信長に恭順した際に名乗った名前だ。何故長岡なのかは知らないし、何故俺の目の前で偽名を使ったのかは知らないが、その名前を聞いてピンときたのだ。

 そして間違いなく今川館への道中だったのだと。


「良い出会いがあった」

「良い出会いですか?いったいどなたと?」

「今はまだ言えぬ。近いうちにこの城に迎えられたら良いのだがな」

「・・・そうなのですね」


 納得できぬといった表情で昌友は頷いた。まぁいずれな。


「それでもう1つ、そっちの方はどうだ?」

「彦五郎より報告がありました。どうやら商人らの動きにどこも反応を示していないようにございます」

「わかった。隠せているのであれば問題ない。下がって良いぞ」

「かしこまりました」


 昌友と入れ替わるように4人の男がやって来たようだ。

 最初に部屋に入ってきたのは水治奉行の彦五郎。そしてその後ろに控えているのは親元と寅政、そしてもう1人もよく知る男だった。


「そうか、家房が認められたか」

「はい。親元殿、寅政殿一致して選ばれました」


 小山こやま家房いえふさは水軍の計画を立てた最初期から水軍設立に尽力してくれていた男の1人だ。

 弟も彦五郎の下で働いている、房介という者。小山家の当主は弟の方なのだが、兄弟で特に確執があるというわけでなく良く一色に尽くしてくれている。


「家房、寅政、親元、一色水軍をよろしく頼むぞ」

「「「はっ」」」


 3人が揃って頭を下げたのに満足して頷いた。それにしてもちょうど良い訪問だったな。頼み事があったのだが呼ぶ手間が省けた。


「彦五郎」

「なんでございましょうか」

「もう少し水軍についてくれるか。頼みたいことがある」

「かしこまりました。それで頼みというのは?」


 後ろの3人もまた興味ありげに俺の言葉を待っている。


「間違いなく近くに戦が起こる。敵は松平だ」

「冬を越し、直に田植えが終わる。動き出すのは6月でしょうか?」

「おそらくな。農民を兵として使っている間は自由に戦が出来ないからな」

「農民以外となりますと、雇い入れるのですか?」

「一色は銭がある。それならばいつでも兵を動かすことが出来る。しかし今はまだ出来んが」


 4人は何故?といった表情をしているが、今川館に行ってみればわかる。間違いなく俺を信頼している者は少ない。いや、俺だけでは無い。一時期今川からの離反者が続出したのだ。当然だが疑心暗鬼に陥る。その中で俺が元康より嫁を貰ったのだからそれもまた仕方の無いことではある。

 しかし露骨に態度に出す者らまでいる始末。

 募兵に関しても慎重を期すのはそういうところに原因があった。

 飯尾連龍がまだ離反を宣言していなかった時に、引馬城に兵を集めたという噂が流れて駿河方面では大いに混乱したのだ。

 俺が今、いつでも動かせる足軽を雇えば間違いなく疑いの目が向けられる。

 すでに岡部正綱殿は一色監視の任から離れられている。誰も俺に手を差し伸べたりはしないはず。悪目立ちは決してすることが出来ない。自由に動き出せるのは、今川家中で一門衆という立場よりもさらに重要な立ち位置になること。

 全家臣と氏真様より完全に信頼されてようやく動けるようになるのだ。

 それまではおそらく配慮の連続だろう。


「まぁそういった事は俺の役目だ。お前たちは水軍の運用に専念して欲しい」

「かしこまりました」


 納得したように彦五郎は頷いた。


「それで続きだが、水軍には急ぎ用意して貰いたいものがある。そのためには木が大量に必要なのだが、それはすでに手配している。奥州より大量に木材を買ってくるように商人らに依頼している。その木で簡易的な拠点を造りたい」

「拠点にございますか?」


 4人ともイマイチ分かっていなさそうだ。それもそうだろう。これから俺がしようとしていることは、あと5年後くらいに木下藤吉郎が美濃攻めの際に実践した簡易的城造りである。そう、有名な墨俣一夜城のことだ。

 それの改良版だと思えばいい。

 方法は簡単。予めある程度組み立てておいたものを船で運ぶ。敵地に上陸したら一気にそれを組み立てて簡易拠点の完成だ。

 大変なのは明るいうちには絶対成功しない策だということ。そんなデカいものを運ぶ船があれば陸からでも間違いなく目立つ。

 と色々考えているが、実際に使用するかも分からない上に、成功するかも分からない。

 一種の賭けではあるが、成功したときこちらが得るものもまた大きいはずだ。


「詳しくはこれから話す。聞き漏らすなよ、成功すれば水軍の重要性は一層増すんだからな」

「それは・・・、しかと聞かせていただきます」


 さて、果たしてこの策を実行する日は来るのだろうか。来れば楽しみなものだ。


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