第55話 新たな出会い、旅の思い出

 遠江道中 細川藤孝


 1562年 春


 今川はまとまっていない。そう聞いていたが、さすがに長年東海を制してきた今川の領内だと思った。

 少なくとも東三河よりは安定した町造りがされており、町や村、そしてそこに住む領民らには活気があるように見える。

 引馬城は最近戦があったと聞いたが、それを感じさせないほど栄えているようだった。

 そしていよいよ大井川を越えれば駿河へと入る。氏真様が居城とされている今川館ももうじき。

 そう思いながら小高い丘を歩いていた。その丘、頂上に立てば駿河湾や大井川流域を一望できる。ここまで来るのは大変ではあったが、その眺めは疲れを一気に吹き飛ばしてくれるかのようだった。

 大井川流域の治水はしっかりとされているようで、周辺には広大な田畑が広がっている。村が大いに栄えているところを見ると、最近洪水などは起きていないようだ。

 そして大井川と駿河湾の合流地、そこには大きな港がある。海には大小様々な船が浮いており賑わっているのが分かる。また沖の方に浮かぶ船を見ると、おそらくあれは漁をしているのだろう。しかしそれとは別に海上に浮かぶ船が数十隻。おおよそ半々ほどが向かい合っている。さながらこれから戦が始まるかのように。


「そこの方、少し話よろしいでしょうか?」


 丘にある1本の大木の側で、私と同じように海を眺めている若い男女を見つけた。見たところ旅人ではなさそうだ。となると、あれが何をしているのか知っておられるかもしれない。

 きっと私が突然声をかけたからだろう。そろって肩を震わされた。


「ま、まさかここに人がくるとはな」


 男の方が驚いたというように私を見た。そのなりを見てすぐにわかった。この方はおそらく武家の方だ。まだ若そうなところを見ると今川家臣のどこかの家の跡継ぎだろうか?見たところ10歳ほど年が離れているように見える。


「急に声をかけて申し訳ありませぬ。少しお伺いしたいことがございまして」

「旅の者か?」


 警戒させてしまったらしい。先ほどまでの若者らしさが消えたような気がした。鋭い眼光で見られると何もかも見透かされているようにすら思える。


「はい。私、長岡藤孝と申します。訳あって各地を旅しております」

「長岡?聞かぬ名だな」


 細川と名乗ることはやめておいた。信長様からの助言を思い出したのだ。大名らが抱く公方様の印象はもはや良くない。細川も京に根を張る一族、勘づかれる可能性もあった。偽名を使ってこの場を凌ぐ。


「まぁよいか。実はなこれから模擬戦が行われるのよ。水軍のな」

「水軍の模擬戦ですか。それにしても相当な規模のようですが」

「詳しくは言えぬがな、これが我が家を支える一手となる」


 やはり武家であった。よく見ると腰に刀を差しているではないか。


「もし急ぎでないなら見て行かれれば如何かな?きっと旅の思い出になりましょう」

「ではお言葉に甘えて」


 2人の横に立ち共に海を眺めた。連れてきた者らも荷を置き、海を眺めるように休んでいる。


「そういえば名乗っていなかったな、俺は一色政孝。未熟ながら、この大井川一帯を治めている」

「それは・・・、失礼な受け答え真に申し訳ありませぬ」


 まさか当主だったとは。若さに引っ張られたか。


「気にしておらぬ。そもそも護衛も付けずにこんなところにいた俺達が悪いのだ。なぁ久?」

「旦那様が私を無理矢理ここに連れてきたのでございましょう」


 隣の御方は政孝殿の妻らしい。聡明そうな方だ。あと顔立ちが整っていて・・・、他人の妻を評するのは良くないな。


「そうであったな。しかし駿河湾を望むのであれば間違いなくここが1番だ。動きもよく分かる」

「そうでございますね」


 2人の雰囲気にこの場にいて良いものかと迷いさえした。立ち去ることも考えたのだが、大きな鐘の音が港より響き渡る。同時に海上で向き合っていた船が動き始めた。


「始まったな。藤孝殿よ、しかとその目に焼き付けられるが良い」

「はいっ」


 それぞれの陣に1隻の関船に大きな旗を掲げている。模擬戦だというのであれば、あれが大将であろう。

 そして複数の関船が周りを囲むように陣を形成している。これはどちらも同じ陣形であった。

 しかし小早の動きは互いに違っている。かたや広く展開し攻めの姿勢を見せ、大将の関船には少数の護衛のみ。かたや守りの姿勢を見せ、大将を守るようにまとまって相手方の攻勢を凌いでいた。

 どうやら弓矢のようなものも飛んでいる。当たっても刺さった様子は見受けられず、当たった者らはわざとらしく落水していった。


「今回は親元の方が押しているな」

「あの時とは状況が全く違いますから」


 2人は何やら話しておられるようだったが、海戦を初めて見た私はその迫力に呆気にとられていた。なにやら港町の方も盛り上がっているらしい。

 そしてついに守りの一角が崩れて関船への道が開けた。防衛を担っていた他の関船では助太刀に来ることは出来ぬだろう。

 小早は一気に大将船を取り囲み、取り囲まれた大将船は白旗を掲げて勝敗が決した。


「やはり強いな。これでみなも認めるだろう」


 面白いものがみれた。確かにこれは良い思い出になったこと間違いない。


「良い思い出となりました。これでこの先の旅も頑張れましょう」

「それは良かった。・・・何故だろうな。あなたとはまたどこかで会えるような気がいたします」

「そうだと嬉しいです。では私はこれで」


 若き当主とその妻と別れた私は丘を下った。その道中、なにやら血相を変えたお爺とすれ違ったが特に何も言われず馬は通り過ぎていく。

 向かう先はおそらく先ほどまで私達がいた場所でしょう。妻の方が無理矢理だと言っていたから、間違いなく。

 日陰で休んだせいか足取りは軽くなっていた。さて今川館までもうひと踏ん張りか。

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