第52話 当主としての仕事は正月も続く

 大井川城 一色政孝


 1562年謹賀新年


「あけましておめでとうございます」

「おめでとうございます」


 時宗の挨拶に揃えて他の者らも頭を下げた。いつも思うがなかなか家臣全員が揃う機会が少ない中で、この景色は壮観だと思う。

 ただ正月だというのに肩の力が抜けないのは困ったものだ。


「あぁ、おめでとう。顔を上げよ」

「はっ」


 また時宗の声に合わせて全員が顔を上げた。そういえば去年に比べて新顔が何人か増えている。

 と言っても、まだ完成していない水軍衆に任命予定の者たちであるが。

 さすがに奥山海賊衆の全員をこの場に入れるわけにはいかず、今回顔を出しているのは元頭領の奥山親元とその娘の奥山おくやま海里みさとというおなご。おなごといっても歳はどうやら俺よりも少し上らしいが幼く見える。

 しかし侮ることなかれ。なんと父親の背中を追って海賊として船に乗っていたらしい。その実力は他の配下に認められるほどで、次期頭領としての地位も手に入れていたようだ。

 そしてもう1人、染谷寅政もいる。

 3人とも普段は正装をしていないためか、上手く着こなせていないように見えるな。

 まぁそんなことはどうでもいい。さっきまで久と夫婦らしからぬ話で盛り上がってしまったから意識がまだ当主に戻って来ていない。

 本当は今日、重大な発表をしなければならないから気を引き締め直した。


「殿、何かお言葉をいただけますかな?」

「そうだな・・・。昨年はみなに相当苦労をかけた。俺は無事に初陣を果たしたが、佐助や道房には苦労をかけたな。時宗には全てにおいて迷惑をかけたな」


 3人は滅相もないと首を振っている。


「昌友と彦五郎には港の整備を頑張って貰った。明らかに昨年の成長具合は大きいぞ。そして水軍編成の目途も立ちつつある」


 この2人は深く頭を下げる。


「時真には色々やってもらっているな。時宗が元気なうちに四臣筆頭である氷上家の立ち振る舞いを覚え俺を支えてくれ。そしていずれは小十郎もその跡を継ぐのだ」


 後ろの方で控えていた小十郎も時真同様に頭を下げた。

 その後も次々とこの場にいる家臣らに言葉をかけていく。一色は今川のいち家臣という立場であるものの、独自に色々やっているからか正直手が足りていない。

 おそらく召し抱えている家臣は全員が何かしらの政策に従事しているのだ。だからこうやって声をかけるときも、明確にその者に気持ちを伝えることが出来る。

 上司が自分のことを分かってくれていると思えば誰でも嬉しいものだ。今年も自分の持ち場を精一杯やってくれるだろう。


「これで全員かな?今年もおそらく大変な年になろう。みな今年もよろしく頼むぞ」

「して昨年末に殿が言われていた件ですが・・・」

「あぁ、そうだったな。実はみなに言わなければならぬ事がある」

「なんでございましょう」


 時宗が不安そうに俺を見ている。こういう突然の発表をするときの俺の信頼度は相当低いのではないだろうか?

 しかし安心して欲しい。いい報告だ。


「彦五郎より報告を受けた。水軍の編成に関して今年中には運用できそうである」

「まことに御座いますか!?」


 真っ先に声を上げたのは海里であった。隣に座っている親元に小突かれ、真っ赤な顔を伏せてしまった。

 正月だ、気にせずとも良いのだがな。


「あぁ、真だ。船はある程度用意できた。親元の配下の者らが加わって以降作業が格段と早くなったのだ。礼を言うぞ」

「ありがたきお言葉に御座います」

「しかし大きな問題が一つある」


 これが重要なことだ。言葉を一度切って部屋全体を見渡す。全員が俺の方を見ていることを確認した。


「俺達は海上で戦う様を知らぬ。小競り合い程度でしかな」

「たしかにそうでございますね」


 昌友が頷いた。他の者らも頷いている。微動だにしていないのは寅政と奥山親子のみだ。


「だから一度その様をみなで見ようと思う」

「しかしそう都合良く海戦が見れましょうか?」

「おるではないか。俺の家臣の中で戦い慣れておる者らが」


 自然と視線はあの3人に集まった。見られ慣れていないのだろう3人は身動き1つしなくなる。

 俺が咳払いで再度注目を集めて、補足の説明を始めた。


「ようは模擬戦だ。今鍛冶職人や商人らを使ってその用意を進めている。今年の春までには大井川沖で出来るはずだ」

「相変わらず急な話ですな」


 時宗はムムッとした表情でアゴ髭を触っている。


「しかしそうも言ってられぬのだ。彦五郎、率直に答えよ」

「はっ」

「水軍衆に任命予定の者らの関係はどうだ?」

「元々一色の配下にいた者らは、海賊衆である奥山殿らをどこか下に見ているように御座います。また元商家の者だという理由から染谷殿も同様に」


 遠慮なく言い切ったな。それほどまでに雰囲気が悪いということだろう。

 まぁ2人も急に指揮官だったり指南役が外から入ってくればそんなものだ。


「水軍衆に任命すれば、その者らの評価の基準など水上でどれほど戦えるかのみとなる。つまり親元と寅政が実際に戦う様を見れば評価を改めるであろう。そして切磋琢磨してもらいたい」

「ですから模擬戦ですか?」

「そういうことだ。そして水軍衆が完成したあかつきには氏真様に海路を用いた三河制圧を進言するつもりだ」


 そう言うと水軍に携わる者らがわずかにざわめきたったのがわかった。まぁ海で戦うのが好きで水軍衆になるやつばかりだからな。


「彦五郎を中心に水軍衆をまとめ上げよ。これを最優先命令とする」

「かしこまりました!」

「水軍に集中して貰うため一時的に彦五郎を水治奉行の任から解く。その間は時真に任せる。困ったことがあれば昌友を頼れ」

「かしこまりました!」

「何か言いたいことがある者はおるか?」


 誰も何もないようだ。


「そうか、わかった。では解散とする。各々今日だけは自由に過ごすが良い。そのかわり明日からはよろしく頼むぞ」


 まぁ家族との時間も大切だろう。独り身の者はこれから仲間を誘って酒を飲みに行くようだ。

 領内に金を落とすことも大事なことだ、しかし酔っ払って乱闘騒ぎだけは起こすなよ。

 とりあえず俺は母に挨拶に行くとしようか。

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