第53話 織田・斎藤の和睦

 大井川城 一色政孝


 1562年春


「殿!大変にございますぞ!!」


 庭の桜も咲き、春を感じ始めたある日のことだった。廊下を慌ただしく走る音が聞こえてくる。声の主は佐助だろうか。


「小十郎、構わんから入れてやれ」

「はっ」


 部屋の外で控えている小十郎に声をかけて、佐助がやってくるのを待っていた。

 そしてすぐに乱暴に開かれた扉から佐助が飛び込んでくる。


「如何した」

「織田と斎藤が和睦を結びました!それも公方様の仲介があったようにございます」


 俺は何も言わずに部屋の隅を指さした。佐助はその指された先を見る。


「氷上様に尾野殿ではありませぬか!・・・いったいどういうことで?」

「全員、佐助と同じことで俺の部屋に飛び込んできたのだ。大方商人らに聞いたのだろう」

「その通りにございます」


 隅に座っている2人も頷いていた。現状、大井川商会組合所属の商家は尾張や元康支配下の西三河には向かわせていない。ということは東三河から得た情報か、はたまた京から得た情報か。

 しかし複数の商人がそう言っているのであれば間違いはないのだと思う。

 というよりも落人からも似たような報告を受けていた。

 落人からの報告はまだ可能性段階の話ではあったのだがな。


「公方様の仲介があったとなればすぐに多くの者の耳にも入るだろう。近く今川館より登城命令が下るだろうな」

「しかしこれはまずいことになりましたな」


 時宗は唸るような声で呟く。佐助と道房も同様にして唸った。

 織田と松平の関係に関してそこまで詳しく知っている者は部外者だけでいうと相当少ない。

 今川家中では、かつて元康は織田の元でも人質となっていた。それと桶狭間での敗戦後、岡崎で独立を果たした元康はすぐさま自身の人脈を用いて信長と講和をしている。

 その点から、元康は織田とも通じているという認識で一致していた。

 しかし余所の家はどうだろうか?尾張と三河、現状同盟を結んでいない両家はいずれ敵対すると思われていてもおかしくはない。

 公方様はもしかすると今川を助けようとしたのやもしれん。あの大敗後もどうにか2国を維持している今川家を。

 しかし足利に縁のある今川家を他家同様に和睦の斡旋を行えば、それは今川の顔に泥を塗ると考えた。だから尾張と三河で争そうよう仕向けたのであれば納得できる。

 しかし事情を大方把握している俺からすれば、素直に今川と松平間で和睦を結んだ方がよっぽどましだ。


「余計なことをされたな。信長が元康に手を貸せば三河における今川の支配は終わる」

「講和に応じたのはそのためだと?それと滅多なことを言われるものでは・・・」

「わからん。俺は公方様から和睦の申し出があっても信長なら断ると思っていたからな。余計なことは事実だ。どんな思惑があったとしても結果的にその講和の影響を悪い意味で受けているのは間違いなく今川家だろう」

「たしかにそうですが・・・。しかし殿にも分からないとなると」


 時宗が黙ってしまう。誰も何も口から言葉が出てこない。

 男4人が顔をつきあわせて黙り込む。しかし困った。これはいよいよ三河の平定を狙って争いが本格化するだろう。今までは小競り合い程度であったからどうにか現状を維持できていたのだがな・・・。


「小十郎、昌友を呼んでまいれ。急ぎだ」

「かしこまりました」


 俺は改めて3人を見た。


「三河の完全なる制圧は難しいだろう。すでに北部も大方松平の勢力下だ。だから万が一信長が三河に介入してきたとしても、優位に戦えるよう備える必要がある」

「こちらから攻めますか?」

「俺はそれしか勝つ手立てがないと思っている。今川の旧領を回復せねば、いつまで経っても松平と織田に怯え続けなければいけなくなる。そのこと氏真様にも進言するつもりだ」

「果たして如何ほどの者が賛同されるか。そこが重要ですな」

「あぁ、そしてもし戦をするのであれば一色の水軍運用を提案する。海路を使って元康の喉元に刃を突きつける」


 俺の狙いは東条城だ。まだ海上で戦うのは難しい。だから水上輸送に特化させて吉田港を制圧し、そこから兵站を確保する。

 港を完全に防衛し、一気に城を攻め獲る。松平が水軍整備したという話は聞いていない。船酔いで倒れない限りはきっと上手くいく。


「・・・賛同されるか。やはりそこが大きな問題ですな」

「説得するしかあるまい。正月に宣言した模擬戦を近くに行う。昌友が来次第その用意をさせよう。ここが踏ん張りどころであろうな」

「その通りにございますな」


 時宗はため息を吐きながら、俺の言葉に頷いた。

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