第35話 妻と家臣の顔合わせ。そして母も
大井川城 一色政孝
1561年秋
城に戻ってきて最初にすること。それはやはりお久様の紹介だ。
時宗と道房に頼んで全員を広間へと集めて貰った。当然その中には母やその侍女らも控えている。
俺は全員が揃ったのを確認してから、お久様を連れて広間へと入りいつもの場所に腰を下ろして、その隣にお久様に座って貰った。
多少広間がザワつくがすぐに静まりかえる。
「みな、急に呼び出してすまぬな。岡崎より俺の妻となる方をお連れした。ついてはその紹介をしておこうと思ってな」
家臣らはみな揃って頭を下げる。母だけはジッとお久様を見ていた。怖じ気付いていないか心配になってチラッと横目でお久様を見たのだが、心配するほどではないらしい。
お久様もまた母の視線に気がついてジッと見返していた。
・・・本当に大丈夫なのだろうか?
「松平元康殿の姉である、久姫様だ。今川と松平の関係はみなも知っての通りだ。しかしお久様は今後一色の家族となる。そのこと決して忘れるでない。よいな」
“はっ”とそこら各地で返事が聞こえてきた。まぁ今川の対松平感情は決して良いものではないが、一色はそこまでだ。なんせ元康の幼き頃を知っている家臣らが多いのだ。そして俺の父もまた元康を可愛がっていた。
そういう事情もあって、そこまでお久様を敵視するといった様子もない。一安心か。
「お久様、何か言いたいことは御座いませんか?」
「では、一つだけ」
「どうぞ」
お久様は俺に軽く頭を下げられた後、姿勢を再度改めて正面を向いた。
その表情に、家臣らの中でも緊張が走る。一体敵地より迎えられたこの姫は何を言われるのか。そんなところだろうか。
「先ほど政孝様よりも紹介がありました。久と申します。弟は岡崎で今川より独立した身。当然皆様の中でも疑問を感じている方もいるかもしれません。しかし私は井伊谷での会談にて心底政孝様に惚れました。私の居るべき家は、先日岡崎を出てからは最早この大井川城以外にありません。まだ未熟者ではありますがどうか皆様よろしくお願いいたします」
堂々と言い切られた。最早松平に未練は無いと。当然口先では何とでも言える。しかしお久様の口調、表情からはそんなもの微塵も感じられなかった。誰もが今の言葉は本気だと思わされた。
だからだろう。
誰も躊躇うことなく頭を深く下げた。こやつらが俺に頭を下げるときでも、こんなに綺麗に揃ったことはない。嫉妬してしまうな。
母の表情も幾分か柔らかくなっているような気がした。安心しただろうか。
「お久様、侍女らを連れて部屋の用意をされよ。母上自ら案内してくれるようです」
「真でございますか!?」
「えぇ、ですから。また俺も様子を見に行きますので」
「はい、ではまた後ほど」
お久様が立ち上がると同時に、広間の奥の方で母たちが立ち上がったのも見えた。
流石にここから嫁いびりなんて始まらないだろう。
そしてお久様と母が広間より居なくなり、残ったのは俺と家臣らだけになる。
道房が少し落ち着きがないのは、何か報告があるのだろうが全員がそろっている貴重な機会だ。俺の用件から先に伝えるとしよう。
「先ほどのお久様のお言葉決して忘れるでないぞ。俺の正妻になられる御方だ。粗略な扱いなどすれば決して許さん。よいな」
全員がまた頭を下げた。さて本題に行こうかな。
そう思ったが時宗からその話をしてきた。
「して岡崎はいかがで御座いましたかな?」
「見たところ相当安定しているようだった。道中賊に襲われることもなく、城下も賑わっておった。忠次曰く相当元康が手を回したらしい」
「そうでしたか。それはよう御座いました」
時宗の安堵の言葉と同じく、そこら中で一息吐くのが聞こえてくる。まぁ心配させた自覚はある。あれだけしか護衛を連れず、急遽決まった旅路の延期もあったからな。
「しかしもう1つ言っておったこともある」
「それは?」
佐助が前のめりになって尋ねてくる。これは良くない報せだと分かってに違いない。
「吉田城と上ノ郷城が未だ元康に降っておらん。それによって三河では緊張状態が続いているとな」
「吉田城には、
「あぁ、東条城は松平に付いたからな」
「では三河における反松平勢力の有力どころはその2城となりそうですかな?」
「そうなるだろう。そう考えると早々に引馬城を今川の城として押さえられたのは大きいな。それに城主が岡部殿となれば我ら遠江の城主らも安心が出来る」
ちなみに吉良家は東条吉良と西条吉良が存在している。義昭殿は東条吉良家の当主で、今川による織田信広守る
元西条吉良家の家臣らに担がれた義安は東条城を占拠し、吉良家当主であった義昭殿を追放。そのまま城を土産に元康へと付いた経緯がある。
追放された義昭殿は家族や東条吉良家の家臣らとともに上ノ郷城に避難しており、吉田城主不在という事情もあって城主に任命された。まぁ義安は義昭殿にとって血のつながりのある兄だという。甘さがあったのかも知れん。
「今後は海を使って支援する仕組みを整えたい。今までおぬしらに話していた計画がついに現実味を帯びてきた。その計画も進展すればまた話すこととする」
「おぉついにで御座いますか!」
佐助は嬉しそうに喜びの声を上げた。それに釣られてか周りの者らも歓声を上げる。彦五郎も嬉しそうな顔をしている。
「話はまだ終わっていないぞ。最後にみなに重要なことを伝えなければならん」
俺の言葉は自然と鋭さが含まれていた。喜びの感情を押し殺した家臣らは改めて座り直す。
俺はこれから話さなければならない。
今川の、そして一色の最も憎むべき敵である男について。
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