第6話 三河の正当な統治者松平家
大井川城 一色政孝
1561年春
大井川城に戻った俺はすぐに使者を出した。先日の使者は独立を果たした松平家の中でも重臣中の重臣、酒井忠次であった。
そのことを踏まえると、こちらも半端な者を使者とするのは失礼にあたるだろう。
というわけで、使者には四臣の1人である尾野道房を出している。
預けた書状には、
『先日頂いたお話、喜んでお受けいたす。ゆえに元康と直に会って話しがしたい。場所はそちらに任せる故、返事を使者に託すようお願いする。その際には日時も決めて頂きたく。こちらとしてはどんな場所でも日時でもそれに応えさせて頂く。しかしあまり無理なことだけは言われないようお願いいたす』
とまぁこんな感じで、業務連絡ばりに内容を詰め込んだ文をしたためた。
時宗は苦笑していたし、母は顔色が悪くなっていた。そこまで心配せずとも元康はまだ攻めて来ません。
「しかし政孝、本当によろしかったのですか?裏切りの松平と婚姻関係などそなたの今川での立場が不利になりませぬか?」
この場にいるのは母の他に重臣の昌友と数人の小姓。そして監視役として同行している岡部正綱殿だ。
岡部と言えば
桶狭間の戦い当時、元信殿は三河に城を持っておられたが、正綱殿は氏真様の側に付き従って駿河におられた。
あまり戦向きの人物ではない印象である。
「まぁ多少はなりましょうが、今後のことを考えれば松平の血を取り込むことも悪いことではございません。三河という地は今川・織田に挟まれ常に戦の中にありましたが、やはり松平がまだ健在だったときに三河をほぼ手中に収めたという事実もございます。たしか元康の祖父、
「その通りにございます。清康殿が健在であれば現状の東海における勢力図も変わっていたとさえ言われておりますので」
正綱殿が俺の言葉に同意を示した。まぁ今川の臣ですらこう思っていたのだ。それほど松平清康という人物の存在は大きかった。だからこそではあるが森山崩れは各大名家にとって大事件だったわけである。
後世でも有名な家康の村正嫌い伝説の始まりとなる出来事。尾張侵攻をしていた最中に松平の家臣であった
どこまで本当か分からないが今なら確認できるのではないだろうか?なんなら俺も村正を買おうかな。縁談の魔除けとして。
話が大きく逸れてしまったな。
「そういうことです。つまり三河を拠点にしている領主や国人の多くは松平こそが三河の主であると考えている節がございます。少なくとも長年三河を荒らし続けている今川や織田によい感情は持っていないでしょう。ですから元康はすんなり岡崎城を奪取できた。そして今こうして足場がために奔走することが出来るのです」
「それに松平の独立に合わせて、旧松平家臣らも多くそれに従いました。駿河に留まっていた者達も、義元公討ち死による混乱の最中に脱しております」
昌友は静かにそういった。
現状確認できている限りでは、東三河の旗印として有名な酒井忠次、東国無双と言われた本多忠勝、まだ明確に立場を示していないが井伊直盛が松平に付けば後々井伊の赤鬼と称された井伊直政、そして残る徳川四天王の一人である
史実と変わったことによって井伊谷城の状況は変わったが、現状のままだと井伊も今川には残らないだろう。
昌友を励まそうとしたが、あまりにもな現状にむしろ自分で落ち込んでしまった。
まぁそういうこともあって、松平からお久様を受け入れたんだ。これによってまたどこかで歴史が歪めば、三河に付け入る隙が出来るかもしれない。
「しかしお若いのによくお考えなのですね。これでは某が派遣された意味が無いように思えてしまう」
「いえいえ、私などまだまだにございます。現に母上にはよく心配されていますので」
「余計なことを言わずとも良いのですよ、政孝」
母からわりと本気で怒られた。まぁ正綱殿は一色の人でもないし、変な噂が出ることを嫌ったのだと思う。
「それで元康から返事が来たら、その場所に向かうのですね?」
「えぇ、まずは信頼関係を築きませんとどうにもなりませんから」
「本当に大丈夫なのですね?」
「元康も馬鹿ではございません。ここで俺を殺せば、まだ防衛の備えも出来ていないのに氏真様に攻める口実を与えることになりましょう。それは望んでいないはず。純粋に一色と関係を持ちたいのだと思いますよ」
「それによって今川家を揺すろうとしているんですね」
正綱殿は膝の上で拳を強く握っている。兄である元信殿と同様に忠誠心が高くて非常に好ましい人物だと思った。
「さて順調にいけばそろそろ道房が帰ってくる頃であろう。良い返事が聞けるとよいのだが」
「真にその通りにございますね」
昌友が俺の言葉に同意して頷く。
それから数刻後、元康からの返事を持った道房が戻ってきたのだった。
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