第4話 尾張のうつけと統一と
大井川城 一色政孝
1561年春
忠次が帰ってすぐに俺は今川館に使いを出した。氏真様に急ぎ謁見させて欲しいと伝えるためだ。
そして送り出した者は、返事も貰ったうえで大井川城に帰ってきている。
「氏真様はいつでも良いと仰られました」
「そうか、ご苦労だったな。時宗を呼べ、すぐに今川館へ出立する」
「かしこまりました」
小姓が時宗の元へと走った。
「佐助、俺の留守を頼むぞ」
「お任せください。殿もどうかご無事で」
「わかっている。今、氏真様の周りはあまりにも不安定だ。最大限配慮しつつお話しするつもりだ」
「過ぎたことを申しました」
佐助が頭を下げる。その瞬間に見せた表情はどこかまだ不安そうであった。一色家もまた急な代替わりがあった家だ。そして一色本家で男は俺しかいない。分家も含めれば昌友をはじめ他にも何人かいるのだが、当主が1年ちょっとで2代も死ねばこの家を維持することもまた難しくなるだろう。
それを心配しているのだ。
「佐助、母やこの城の者、そして民を俺が戻るまでしかと守れ」
「は、はっ!必ずや!」
用意を済ませ、外に出るとすでに馬が用意されていた。
その場には時宗と数人の護衛が片膝をついて待っている。
「用意はよろしいですかな」
「あぁ。いつでも出立できる」
「では参りましょう」
俺が先に馬に跨がると、時宗もまた同様に跨がる。長年の愛馬なのだそうで、毛並みが随分と綺麗に整っていた。
そんな俺達を見送るように城門にまでみなが並び立つ。
頭を下げたみなの間を悠然と馬を進める。目指すは今川館だ。
「殿、少しよろしいか?」
城を出てしばらくした頃、時宗が俺の隣に馬を寄せて話しかけてくる。その表情はいたって真剣だ。何かあったのだろう。
「如何した」
「織田信長は桶狭間で義元公を討って以降、こちらに侵攻する気配を見せておりませぬ。最近では何でも斎藤家の支配している美濃へ進出することに躍起になっているようで」
「だそうだな。俺の耳にも届いている。織田信長の義父であった道三を討った義龍が死んだそうだ。跡を継いだのは嫡子の龍興だそうだが、急な代替わりであったために家中が纏まっておらぬ。まことに信長は運が良い」
「お耳が早いですな。森部では織田が大勝したそうですぞ」
「そうか。よく知らせてくれた」
頭を下げた時宗はそのまま後ろへと下がっていった。
にしてもここまでは大方史実通りだ。俺達一色家の存在が果たしてどこまで歴史をゆがめているのかが分からない。
そもそも美濃の平定は一度勝ったからといって一気に支配が進んだわけではないはずだ。織田は尾張の平定に手を焼いている。尾張には○○織田氏がいくつかあって対立したり協力したりを繰り返したが、信長によって最後には統一された。
この時期に信長と対立していたのはたしか犬山城を居城にしていた織田信清という人物だったはずだ。2人の父は兄弟で、2人は従兄弟の間柄になる。
信清は信長の姉である犬山殿を正室に迎え、一度は信長の軍門に降ったのだが領地配分のいざこざで関係は悪化。そして今に至るわけだ。
「
「栄衆ですな、尾張をかき乱しますか?」
「あぁ、忍びを使って情報を錯綜させる。織田の尾張平定、美濃平定を少しでも遅らせる。その間にこちらも体制を整える。その鍵になるのが元康だ」
「ではそのように指示しておきましょう」
栄衆とは父の代より一色家が抱え込んでいる忍衆のことだ。元は尾張の山中に隠れ里を持っていた者らだが、どういう事情があってか遠江まで栄衆総出で越してきたらしい。この者らは暗殺や戦闘自体はそこまで得意なわけではないが、情報収集や流言に特化した者たちである。
この者らを使って織田を引っかき回す。なんなら元康のことを売ってもいい。尾張や三河から一歩も出させず、こちらからも注意を逸らさせる。今ならきっと上手く刺さるだろうと期待している。
馬の上でもするべき事は山ほどある。
一色家の跡を継いで以降、俺は随分と忙しい毎日を過ごしているのであった。
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