第3話 松平元康からの打診
大井川城 一色政孝
1561年春
後に江戸幕府を開くことになる徳川家康こと、松平元康は俺にとって従姉の夫にあたる人物。歴史的にも名を知られている
史実では織田に接近した元康は、今川派だった瀬名様と嫡子信康を自刃させている。完全に今川との関係を絶ち織田を選んだことになった。
まぁそれも理解は出来る。勢いのあった織田と、義元公亡き勢いを失った今川。どちらにつけば優位に事が進むかなど、誰がどう見ても明白であったからな。
春のとある日、俺の憂いの元凶である松平元康から使者が来た。
「お久しぶりにございます。そしてお父上である一色政文様のこと、まこと残念にございました」
「桶狭間か。たしかにあの戦で全てが変わってしまったな。義元公は討ち死にされた。亡き義元公の跡を継がれた氏真様は、混乱を極めた家中を纏めることに苦労されている。しかし重臣の方々ですら今川を離れようとする始末。その中には松平の名もありましたな。しかし元康の気持ちも分かる。ようやく訪れた三河奪取の好機をみすみす逃すなど、大将としての器がないことをおおっぴらに言っているようなものだ。松平は長年苦労した家ゆえ、その心中は察するぞ」
目の前で頭を下げている男は、長年松平に仕えてきた
今川としては裏切り者の松平だが、元康からすれば長年に渡る人質生活からようやく解放されたのだ。まずは足場がために動くだろう。そこは予想通りだった。
「ご理解いただき感謝いたします。此度はあるお話を持ってきた次第。しかしここはいささか人が多いですな」
忠次は周りを見渡してそう言った。広間に集まっている家臣らがザワつく。
「静かにせよ。重要な案件であるならば慎重になるのも仕方あるまい。四臣以外は部屋から出よ。用が済めばまた呼ぶ」
部屋を出るように指示した家臣らは不服そうにしながらも広間から出て行った。
忠次は満足そうに頷いている。
「賢明なご判断です。しかし華様は如何されますかな?」
「母上には聞いていて貰わんとな。どうせそういう話であろう」
「はぁ~、まこと鋭い御方ですな」
俺の左後ろに控えている母。
広間の左右に控えている四臣。
そして俺の目の前にいる忠次。
これからなんの話がされるのか正直思い当たることはあった。というよりも正直それしか思い当たる節がない。忠次はしばらく間を空けた後、口をゆっくりと開く。
「元康様の姉にあたる御方、
「なっ!?」
尾野道房は驚き声を上げた。わずかに腰を上げかけたが、俺は静かに手を挙げて座り直させる。
「何が目的かとは聞かぬ」
「よろしいのですかな?」
俺はジッと忠次の目を見た。それによる動揺はない。
史実では織田と手を結ぶのが1562年。嫡子信康様と信長の娘である徳姫の婚姻同盟であった。しかしそれは今から1年先の話になる。
今川家中が纏まっていないとはいえ、三河を抑えるためにはまだまだ人手が足りていない。そんなところだろうか。
しかし大井川城にいる我らでは味方にはなれまい。俺はこのことを氏真様に報告する。そうなれば嫌でも家臣の方々から監視されることになるであろう。
さて、この同盟がどう転ぶか、そこが元康にとって大きな転機になるはずだ。
「しかし俺は今川に仕える身。すでに独立を宣言した松平との婚姻など独断で決められるわけもない。わかるであろう?」
「それも承知しております。我々としては良い返事を期待するのみにございますれば」
改めて忠次は頭を下げた。
にしても母はどう思いながら聞いているのだろうか。元康の妻である瀬名様は母にとって姪にあたる。彼女もまた今川の血を強く引く者だ。
彼女は今、元康に付き従って岡崎城にいる。無事でいられるだろうか?史実に反して俺は彼女を救ってみようかとも思う。仮にも従姉であることだしな。
しかしそうなれば色々手を打つ必要がある。まず重要なのは今川の名が落ちきらないこと。東海での影響力が強ければ元康も身の振り方を考えるだろう。
織田のいいなりに妻と嫡子を自刃させることもないかもしれない。
そしてあわよくば元康をこちら側に付けて織田攻めの先鋒として使う。三河の兵は強いという話だからかなり役に立つはずだ。
まぁ所詮は俺の構想で、氏真様や義元公亡き後、保守的な思考で染まった家臣の方々が俺の意見に賛同するとは到底思えない。
だから俺はこの城で今川館を守る盾になる必要があった。
「しばらく時間を貰いたい。また追って人をやるとしよう」
とりあえず今回はこんなところか。まさか忠次も即決されるとは思っていないであろうからな。
「では良い返事をいただけると期待して、三河に帰らせていただきます」
しかしまさかであったな。元康も随分とだいたんなことをする。これはきっと今後に大きな影響を及ぼすであろうな。
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