第2話 内政方針

 大井川城 一色政孝


 1560年夏


 桶狭間での敗戦以降、今川家中の空気は最悪だった。しかしそれは一色家中もまた同じ事である。

 父が死ぬ間際まで俺は父に従って城下の整備や家臣との交流など色々していたが、所詮は父があっての俺なのだと思い知らされた。そしてそれは今川氏真様も同じ思いであると思う。

 ただ史実と違うこともあった。井伊谷いいのや城城主であった井伊いい直盛なおもりが討ち死にしていていない。井伊直盛とは大河ドラマで主人公として取り上げられたこともある井伊直虎の父だ。

 おそらく史実では存在していない一色家の存在が作用しているのだと思われる。


「政孝、母は何があってもあなたの味方です。あなたの思うようにこの家をもり立てなさい。そして今川家を支えるのです」

「わかっております。今は俺を評価しかねている者らも、すぐに認めさせてやりますよ」

「その意気です。では私は少し休みます」


 俺の居室から出た母はため息を吐きながら自室へと歩いて行かれた。やはり若年の俺では頼りないのだろうな。父を失って以降、母は日に日に弱っていかれているように見える。

 しかしいつまでも父の死を引きずっていて良い理由にはならない。

 早速ことを起こすとしようか。


昌友まさともはいるか?」

「呼びに行って参ります」


 外から小姓の声が聞こえた。そして静かに廊下を走っていく。

 昌友が来るまでに簡単に説明しておこう。一色家には“一色四臣いっしきよんしん”と呼ばれる者達がいる。四臣とは名の通り4つの家系の家臣のことなのだが、古くから一色家に仕えている一族の者らのことである。

 今呼んだ者が一色いっしき昌友まさとも。この者は領内の内政を主に担当していて、父も内政ごとに関しては必ず昌友に相談をしていた。一色という名をしているが、何十年も前にできた分家である。

 そして氷上ひかみ時宗ときむね。長年父を補佐してきたこの者は父に次いで実質ナンバー2だった。それほど権力があったのだが、桶狭間には年を理由に父から出陣させて貰っていない。父が死んだことを知ったとき、そのことをとても悔いていた。

 3人目は尾野おの道房みちふさ。この者は先代の急死で最近尾野家を継いでいる。父とともに桶狭間に参戦し、父の亡骸を死守し城まで連れて帰ってきてくれた者だ。

 最後が秋上あきうえ佐助さすけ。この者も道房と共に桶狭間に参戦した。そして父の亡骸を織田の軍勢から死守してくれたのだが、ともに参戦していた父である秋上あきうえ弥助やすけを亡くしている。

 桶狭間での戦は重臣達にも深い傷を残してしまった。

 俺がどうにか出来れば良いのだが、それはこれからの立ち振る舞いで変わってくるだろう。


「若殿、お呼びだと伺い参上いたしました」

「昌友、今は若殿ではない」

「失礼いたしました、殿」


 俺の指摘に申し訳なさそうに頭を下げた昌友であった。長らくそう呼んでおり、急遽跡を継いだものだから、呼び慣れていないのであろうな。


「内政を一手に担っている昌友に話がある。大事な話だ」

「領内のことにございますね。如何されましたか?」


 部屋に入るなり大事な用件だと言われれば、自ずと仕事人の顔になる昌友だ。歳は家臣の中では比較的近い29歳。俺が今19歳だから・・・、まぁ近い方なのは違いない。他の者らはもっと上であるからな。


「まず一色が抱えている商人にはしばらく関東方面に交易に行くよう触れを出せ。京へ船を出すのは、というより織田の領地がある西に船を出すのは危険である」

「かしこまりました。そのように」

「あとそれとは別として秘密裏に播磨にも使いを出せ。あの地で産出されている鉄を買う」

「播磨にございますか?なぜそんな遠くまで?」

「先々の投資と思えばよい。あの地の鉄は京へ献上されているとも聞いている」

「上質な物ということに御座いますね。では殿のお言葉通りに」


 昌友は立ち上がろうとしている。だがまだこちらの話は終わっていない。

 これ、たしか前世の小学生の頃に覚えた話なのだが駿河湾といえば漁業のイメージがあった。なんでだったかな?まぁ湾には豊富な水産資源と相場が決まっている。


「あと漁港を今以上に発展させよ。東海一では足りぬぞ。日ノ本一の港だ。資金が足りぬなら蔵から出せ。大井川と海の合流地点だな。あのあたりに巨大な港町を作る。その用意をせよ」

「港、にございますか?しかし何故いきなり漁業に力を入れられるのです?商人らからの献金でも十分な成果を出せているはずですが」

「以前父が言っておった。湾には豊富な水産資源があるとな。そして大きな港町を築くことで人が集まる。商人らの出入りに加え、水産資源も用いてこの領内を潤そうと思っているのだ」


 まぁ父はそんなこと言っていない。昌友も不思議そうに首をかしげている。


「とにかく、だ。みなにはそう話を付ける。我らは早急に力を付けねばならんのだ。一色家が生き残るためにな」

「なるほど・・・。殿、1つ聞かせていただきたいのです」

「なんだ」

「殿は・・・。殿は今川を離れるおつもりですか?」


 昌友の目はいたって真剣だった。何を馬鹿なことを!と笑い飛ばすことは出来なかった。


「俺の母は先々代氏親公の娘である。そして俺も今川の血がたしかにこの体に流れている。裏切ることなど決してありはしない」

「であるならば安心いたしました。すでに松平は岡崎城を占拠して今川に敵対する動きを見せております故、確認したくなりました。ご無礼をお許しください」

「気にするな。しかしこれは大変なことを聞いたな。きっと家臣らも気にしていることだろう。次回の評議において言っておかねばならんな。我ら一色家はこれからも今川家を、そして氏真様を支え続けるとな」

「そうでございますね。それがよろしいかと」


 今度こそ昌友は部屋から出て行った。それにしてもそうだった。

 徳川家康、今は松平元康だが桶狭間を機に今川から離れ、独立したんだった。そしてそのまま織田に接近して織徳同盟を結ぶことになる。その後あっという間に三河を奪われて遠江、そして駿河に牙を剥いてくる。

 まぁ結果的に武田にも攻められた今川は北条を頼ることになるわけだが、歴史が一部狂った分何かしら変化があるものだと思いつつ警戒していかなければいけない。

 現に有力な今川家臣らも離れだしている。我が殿今川氏真、この世界線でも同じ道をたどるのか、それとも・・・。

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