転生者 一色政孝

若き当主

第1話 桶狭間の戦い

 大井川おおいがわ城 一色政孝


 1560年6月12日。その日は俺の運命を大きく変える日となった。

 一色家の居城であった大井川おおいがわ城には不穏な空気が漂っている。

 母であるはな様もまた暗い表情で広間に飛び込んできた兵の言葉を待っていた。


一色いっしき政文まさふみ様、桶狭間の地にてお討ち死ににございます」


 無念そうに言うその兵は、何も言わない母に頭を下げて広間から慌ただしく出て行った。

 周りの者らは声を押し殺して涙を流している。そしてそれは母も同様だった。

 そうか・・・、父は死んだか。不思議と俺の目から涙がこぼれることはなかった。なんとなく父が出陣したあの日から分かっていた。

 桶狭間の地にて父が死ぬということを。覚悟は数日前から出来ていたのだ。


政孝まさたか、そなたは泣かぬのですね。そなたの父上が死んだというのに」


 母は涙を流しながら俺に問いかける。その声を聞いて俺はフッと我に返った。


「俺は武士の子にございますゆえ」


 なんて言っているが知っていたんだ。桶狭間で主家の当主である今川義元公が討ち死にすることも、それ以降今川家が没落していき江戸時代になるころには今川という大名がいなくなっていることも。

 なんていったって俺はこの時代の人間じゃない。前世の・・・違うな。正しくは後世の歴史を知る2000年代を生きた一般人なんだ。


「強いのですね・・・」

「俺は強くなんてありません。それより今は存分に泣いてください。そしてその後は・・・」

「後は?」

「我らが父の意志を継いで今川家を守っていくのです」


 母はまた泣き出してしまった。母は先代今川氏親公の娘でかなり濃い今川の血筋の人だ。俺の言葉で母が安心したというのであれば、今はそれでいい。

 俺こと一色政孝は、本当にただの青年だった。ある日目が覚めると見知らぬ天井、見知らぬ人たち、そして見知らぬ自分がいた。

 ある程度大きくなってから知ったことだがここは遠江、大井川城という場所。そして父は一色家の当主で大井川城城主でもある一色政文という人物だった。母の名は先述したとおり華様といい、先代氏親公の娘だ。

 現当主が今川義元だというから年代的には1500年代だと思われる。そんなことを考えていたそばから起きてしまった桶狭間の戦い。

 もし俺の知っている世界だとすれば、この日が東海の覇者であった今川家にとって最悪の日になることは間違いない。

 別に俺も特別今川という家に思い入れがあったわけでは無いけれど、この時代に生まれた限りは天寿を全うしたい。そのためにこの傾きかけた家を建て直してやる。




 これは後世の歴史を知る1人の男が紡ぐ物語である。

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