第六集 無敵の剣
強い日差しが照り付ける砂漠の巨石群の中で、
修行の初めは、走る登るなどの運動によって基礎体力をつけ、石を持ち上げるなどにより筋力をつける、いわゆる
それらの
そうして全ての修練が一定までに至ると、鉄鞭を剣に見立てた訓練が始まる。この非常に重い武器を剣のように片手で扱うには、筋力などの外功は勿論の事、内功も並行して活用しなければ持ち上げる事もままならない。それを使って、木剣で行っていたような型式訓練を続けるのである。
そうしてもう何年が経ったであろうか。
趙娥も既に子供ではなく、大人の女と言える歳になっていた。
今では周囲に轟音と旋風を起こしながら、鉄鞭を片手で軽々と振るえるほどになっていた。
まるで瞑想しているかのように穏やかに、座ったまま天寿を全うした師父を見つめて、何度も言われた言葉を思い返す趙娥。
本当は趙娥に殺しなどさせたくはない。だがこのままではきっと趙娥は壊れてしまう。だから剣を教えたのだと。その目的は復讐そのものではなく、それを乗り越えた先に自らの人生を切り開くためなのだと。
そんな師父の遺体の前には、ずっと腰に
柄に「
もはや答えが返ってくる事はないと知りながら礼を述べた趙娥は、師父を埋葬し弔った。再び自らの手で家族の墓穴を掘ったのだ。だがかつて兄たちの墓を掘った時とは心持ちがまるで違う。
今の趙娥に、当時のような迷いは無かった。
光和二年(西暦一七九年)、一月。
雪でも降りそうな氷点下の曇り空の中、
だが酒楼を出てすぐに、粗野な風貌の女が立ちはだかった。
酒に酔った西門恪は誰だと尋ねるが、女が黙って顔を上げると、その記憶が蘇った。
「あぁ、えっと……、お前は確か……、趙娥か……」
趙娥は黙ったまま、剣を抜いて答えに代えた。
青白い刃が鞘から抜き放たれる鋭い金属音と、その直後に再び刃が鞘に収まる鍔鳴りの音。
そして一瞬後に、西門恪の足元にポトリと何かが落ちる。
横にいた娼妓がそれを見て悲鳴を上げた。
それは根元から切断された陰茎であった。
深衣の股間部分が赤く染まっていく西門恪は、そのまま膝から崩れ落ちると趙娥を見上げて指さし、言葉にならない抗議をした。
趙娥は感情もなく見下すと、横で困惑している娼妓に声をかける。
「放っておけば、この男は出血で死にます。そこに
娼妓は動揺しながらも、その言葉に逆らえば自分も斬られると思ったからか、或いは目の前で人に死なれても困るという判断からか、異論を挟む事なくすぐに松明を取りに向かった。
「何て……、酷い……!」
絶望の表情で絞り出すように恨み言を吐いた西門恪に、趙娥は背を向けて吐き捨てる。
「あんたには
間もなく背後から、苦悶の悲鳴が聞こえ、肉の焦げる匂いが漂ってきたが、趙娥は振り返る事なく歩き去った。
そして翌二月。
酒泉郡、
昼間の大通りを、刀を携えた
そんな人の波が勝手に避けていく中、ただ一人、避ける事なく正面に立ち尽くした者がいた。その右手に青白い剣を持った女、すなわち宝剣冰霄を構えた趙娥であった。
「何だぁ、てめぇ……」
低く脅すような声で問う李寿に、まるで怯む事なく静かに問いを返した。
「
その言葉を聞いた李寿は、遠い記憶の彼方にそれを見つけた。
「そうか、あの時の小娘か」
李寿は鼻で笑って刀を抜いた。周囲の人だかりから騒めきが立つ。相手が既に剣を抜いている以上、あくまでも正当防衛の言い分が立つ為、遠慮なく抜刀したのである。
「そんなに死にたいなら、家族のもとに送ってやるよ。ありがたく思いな!」
そうして李寿によって振り下ろされた刀は、金属がぶつかるような鋭い音と共に弾かれた。周囲の者も、そして李寿も、何が起こったのか分からなかった。
趙娥は静かに俯いたまま、まるで動いていないように見えたからだ。
困惑した李寿が、再び斬りかかるが、その度に同じ金属音が響いてその刃が弾かれた。それは趙娥が剣で打ち払っているのだが、あまりに早く、誰もその動きが見えないのだ。
そして早いだけではない。重いのだ。
厚みのある刀を振るう巨漢の李寿が、後ろに仰け反ってしまうほどに。
息を荒げてがむしゃらに何度も斬りかかる李寿と、穏やかな表情を変える事なく俯いたまま、目にも止まらぬ剣を正確に振るう趙娥。立て続けに鳴り響く鋭い金属音。
両者の実力差は誰の目にも明らかであった。
しかし趙娥はどこか落胆していた。
己の人生を壊され、あれほど憎んだ仇敵が、この程度なのかという事に。
全く刃が届かない事に焦り、遂には恐怖を覚えた李寿が、息を荒げながら思わず叫んだ。
「お前は、一体、何なんだ!!」
ずっと俯いたままだった趙娥はその言葉を受けて静かに顔を上げる。氷のように冷たいその視線に、李寿は全身に鳥肌が立った。
「もういい……」
趙娥がそう呟いたかと思うと、風を切るような音がした。
一瞬の静寂。
その後に、李寿の首がボトリと落ちた。
周囲から悲鳴が上がる中、血飛沫を上げて倒れ込む李寿の体。趙娥は飛び散る血の雨を全く気にする事もなく、落ちた李寿の首を左手で拾い上げると、大通りを政庁に向かった。
人だかりが再び左右に避けていき、自然と政庁までの道が出来る。
その右手には剣を、左手には李寿の首を持ち、返り血を浴びて表情もない趙娥は、ゆっくりとした足取りで政庁へと入っていった。
「人を
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