天国イメージアップキャンペーン

夏伐

天国イメージアップキャンペーン

 そこは見渡す限り一面の白い世界だった。


 足元はふわふわした素材で覆われて、まるで綿あめの上に立っているような気持ちになる。


 はて、と私は記憶を遡った。


 最後の記憶は、病院のベッドの上で家族が何かを話しかけていたことだけだ。よくよく思い返すと泣いている人もいた。それは、ピーッという長い音を聞いた記憶で途切れている。


「もしかして、私は……死んでしまったのか……?」


 呟いてみるが、生きている時となんら変わらない感覚だ。


 生きていた頃は節々が痛んで歩くのが辛かったし、すぐに息が切れていた。体も年をとってしまいうまく動かなかった。それが、思うようにするすると動くではないか。


「こりゃあ良い!」


 私はとにかくそこらを歩いてみることにした。

 夢であればそのうち覚めるだろう。

 そのうちに、一人の女性とすれ違う。


「すみません、」


「はい?」


「少々お聞きしたのですが、ここはどこでしょうか……」


 私が聞くと、彼女は微笑んだ。そして「ここは天国ですよ」という。


「とすると、――私は死んでいる?」


 思わず自分の顔を指さして彼女に問う。彼女も私をまねして自身の顔を指さして、ケラケラと笑った。


「私も死んでいます。天国は楽しいところですよ、きっと気に入ります。あっちには映画館やショッピングモールもあるんですよ」


 そう言って、彼女が進んできた道を指し示す。


 私は彼女に礼を言い、言われた通りの道を進み始めた。


 すぐにショッピングモールに着いた。


 キョロキョロとしていると、たくさんの親切な人にここでのルールを教えてもらう。お金は必要ないという。勧められるがままに映画館へと向かった。


「おじいさん、この映画、過激でオススメだよ。生きてる時には絶対見れないようなドン引きするような描写が盛りだくさん! めっちゃグロくて最高だよ」


「ぐろ?」


 スマホを持った若い女性に勧められて、そのぐろ?の映画を見てみることにした。

 何だかんだ、映画なんて久しぶりだな、と思いながら見ていると、確かに展開やストーリーは『ドン引き』するようなものが多かった。だが、登場人物は皆白い服を着て、血しぶきも白い。部屋も真っ白いし……なんだかよく分からなかった。


 ただ、カラーであったならば、もっと面白いと感じたはずだ、というのは確信している。


 映画館を出て、ショッピングモールを見渡す。


 さっきまでおかしいとは思わなかったが、歩いている人は皆、白い服を着ている。ファッションショップに飾ってあるものも全て白い。


 彩度が失われた世界だった。


 私は近くにいた青年に、聞いた。


「あの、少しお尋ねしたいのですが……、カラフルな服や映画はここにはないのですか?」


 青年は頷きながら、私を見る。


「分かります。私も初めて来たときはそう思いました。あるにはあるらしいですよ」


「どこにあるんでしょうか?」


「あちらに地獄へ行くための階段があるんですよ」


「行ったら戻れないんですか?」


 私は肩を落としてしまった。


 それを見て、青年は内緒話をするように小さな声で言った。


「戻れますよ、ただ移動に時間がかかるだけです。それに天国は白いってだけですよ。地獄も天国も変わりありません」


「天国は白くすると決まっているんですか……?」


 私が驚いていると、青年はにこやかに微笑む。


「初めて天国に来た人のために≪イメージ≫を大切にしているそうですよ。だから全部白いんです。時折いるんですよ、天国まで来て生き返る人」

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