第59話 レーナ・ハイゼル
「あの時は本当に申し訳ありませんでした!」
飲食店の個室にハルドの謝罪が反芻する。
俺は一体何の話をしているのか見当もつかない。
シルも同じみたいだ。
「ちょっと待って、なんの話?」
「覚えてないんですか?」
「心当たりがない。」
本当に知らない。俺、こいつと関わった事ねえしな。
「君たちの性格を考えると、絶対に忘れないと思うんだけど…。」
「なんのことだ?」
「そこのシルさん。いや、華怜さんについてだよ。」
「なんで私の名前を知ってるの?」
確かに、シルは俺とエレナ以外に前世の名前は明かしていない。
ハルドが転生者だという事も加味しても、高校生死亡者の中で「華怜」という名前を知っているのはシル本人を含めて、二人だけだと思ってる。(俺がカウントに入ってない?そりゃそうだ。俺、死んでないもん)
いや、待てよ…。
ハルドが、そのもう一人だとしたら?
「お前まさか西島か!?」
俺の言葉に、ハルドはゆっくりと頷く。
そうか、こいつが西島か。
それにしても……
「ここで言ってよかったのか?ルナもいるだろ?」
「良いのよ。転生者って話も、犯した罪の話も全部聞いたわ。そのうえで一緒にいるのよ。」
やはり、この世界での転生者の扱いに関しては大分緩いのか?個人の考えだけだと。まあ、いいか。多分エレナと同じで、ハルドの本当の部分を知ってるから一緒にいるんだろう。
「それで、もうわかるけど、ハルドは何に謝ってるんだ?」
「そんなの決まってる。シルさんに、いや、華怜さんに乱暴して自殺にまで追い込んでしまった。謝って済むことじゃない。でも、謝ることしか出来ないんだ。
君たちに言われる罰なら何でも受ける。だから、この通りです。」
いや、誠意は見れるし、何ならこいつ悪くねえし。
「シル、どうするの?」
俺は知るに質問する。
当然だ。被害者は、華怜であるシルだ。
「ん-……どうもしないよ。あの時死んだからこそ、今の私は幸せで一杯だから。それに、結局西島君は悪くないんでしょ?」
「え?どういうこと?」
シルの言葉にハルドが反応する。
そういや言ってなかったな。
「なあ、華怜を襲う前から、自分の精神とか体に異常がなかったか?」
「あったけど、それって言い訳じゃない?」
違うから言ってんだよ!
「あったんだな?やはりお前も、邪神の被害者だな。」
「邪神?」
「あー、言ってなかったっけ?」
「ごめん。初めて聞いた…。」
あれ?説明してなかったっけ?まあ、いいや。すればいいだけのことだ。
取り敢えず、俺は事の顛末について話す。
具体的には、西島を殺した後、俺が何を教えられて、どうするように言われたのかまで教えた。
「なにそれ……絶対に許せないっ!」
俺が話し終ると、ハルドではなくルナが憤慨する。
「ちょ、ちょっとルナ、落ち着いて!」
「落ち着けるわけないでしょ!なによ今の話。ハルドは何も悪くないじゃない!」
「そんなに怒ってもどうしようもないじゃないか。とにかく落ち着いて。」
「ハルドが言うなら…。」
ルナは思いのほか暴れ馬気質だな。扱いはすべてハルドに任せるのが正解っぽい。
「まあ、とにかくさ、俺たちは少なくとも邪神を恨んでいる。という事でいいんだよな?」
「まあ、そうなるね。結果的にルナに会えたとはいえ、僕に罪を犯させ、挙句死に追いやった。これで恨まない方がおかしいよ。」
当たり前の意見だ。でも、その当たり前が適応されない人も…。
いや、考えるのは無しだ。少なくともここにいる者たちは全員、当たり前に思っているんだ。
「よし、俺たちは邪神に対して対抗する存在ととして協力していこう!」
「「「おー!」」」
俺たちは俺たちなりに動くぞ、オーディン。それがお前の思惑通りだとしても関係ない。俺はお前を信じられる存在だと信じているからな。
西島たちと確かな思いの共有ができ、俺が物思いに耽っていると、その空気をぶち壊す存在が乱入してきた。
「今の話って本当なの?」
聞かれた!?今の話を。まずい、ルナやエレナは俺達のことを知っているから一緒にいてくれる。第三者がどう思うかは全く分からない。
最悪、殺すか?
「誰だ?」
「答えて。あなた達、転生者なの?」
そう言って、個室に入って来たのは、あの勇者の一行を冷めた目で見ていた女だった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「そういえば、お前の名前を聞いてなかったな。」
「そうね。そういえば教えてなかったわね。私の名前は、レーナ・ハイゼル。ハイゼル家の次女にして形式上は【神風】の勇者の婚約者だわ。」
「【神風】って言うと、あのアドルフって奴か?」
「そうね、そいつよ。」
てか、え!?婚約者!?
俺の考えを見透かしたのかレーナは話を始める。
「婚約自体は、簡単に決められたわ。魔法以外に才能がない私は、嫁の貰い手がいなかったのよ。でもある日、私は勇者に一目惚れされた。父上は、大層喜んだわ。勇者が血筋に加われば、家の発言力は高まるって。
でも、私はあんな男と結婚したくない。あんな魅力に欠けた男なんて嫌だわ。」
「ずいぶんな言いようだな。」
「良いのよ…。」
「あの……僕たちの話は……?」
謝罪のために集まってもらったのに話題が完全に明後日の方向に行ってしまって困惑しているハルドが声を上げると、レーナにキッと睨まれる。
「すいません。何もないです…。」
「でも、他の女たちは違った。彼と一緒にいる者達は無条件に彼を好きになっていった。それが気持ち悪くて…。」
え、転生者関係なくない?何しに来たの?
「その話をするだけ?」
「だけってなに?わたしにとっては重大な問題なのだけれども。」
「いや、てっきり転生者であることを世間に公表するとか、ばらされたくなかったら協力しろとかあるんじゃ?」
「しないわよ。ていうかできないわ。」
「なぜ?」
「言われなかっただけで、貴女有名人なのよ。」
え?知らないんだけど。
「単独で牛鬼を撃破したのよ。それくらい当たり前じゃない。」
「単独では撃破してないぞ。この場にいる全員が手伝ってくれたから…。」
そう言って、周りを見ると――
「私は、ハルドの支援をしただけよ。」
「私は、戦いが終わった後の克己の治療をしただけね。」
「牛鬼と戦ってるカツミは遠目に見てもカッコよかった…。」
「僕は狙撃してチャンスを作っただけだし…。」
おい。お前らも戦ったじゃねえか!
特に最後!十分すぎるくらいの手柄挙げてんじゃねえか。
でも、こいつらも十分戦っていたことは俺だけが知ってればいいことか…。
あれ?待てよ。
「牛鬼の討伐隊に勇者いた?」
「「「あれ?」」」
全員気付いてないのかーい。
「そうよ、いなかったわ。あの事件でアドルフは民間の避難誘導に入った。勇者なら戦うと思うけど彼はそうしなかったわ。」
「いや、むしろいない方が良かった。あんな雑魚、かえって足手まといになる。」
「そうね。そうなることは間違いなしね。」
こいつ…。ほかの奴らは、勇者のことを悪く言っただけで怒ってくるのに、こいつは眉一つ動かさない。
話しやすいから助かるけど。
「話を戻すけど、貴女を転生者だと告発しても、私が反逆者として捕らえられるわ。だから出来ないの。しかも、さっきの話を聞く感じあなた達の目的は、伝承のものとは違うでしょ?」
「まあ、そうだよ。むしろ、結果的にこの世界を救うことになると思う。」
「なら、わざわざリスクを犯してまであなた達を摘発する理由は無いわ。」
「そうしてくれると助かる。」
良かった。本当に聞かれたのがレーナでよかった。
「ねえ、レーナさん?」
話は終わったのかと、ハルドが口を開こうとすると今度はエレナが喋り始める。
あ、ハルドが軽く傷ついてる。
「なんでしょうか、エレナさん?」
「レーナさんは、そのアドルフ?とかいう人と婚約破棄したいんでしょ?」
「まあ、そうなりますが…。」
「好きな人はいるの?」
この子は何を言っているんだろうか?
「好きな人ですか…。運命を感じた人なら、先ほどお目にかかれましたわ。」
お前も乗るんかい!
なぜ、ハルドの謝罪会見から恋バナトークに!?
「わー、だれだれ?」
「マモン様ですわ…。」
わお!マモンモテモテだよ。
ナナにも好かれて、レーナに運命感じられてるよ。
マモンの名前を挙げる時、頬を赤くしている当たりガチっぽいな。
「きゃー!どんなところが良かったの!?」
ルナも乗ってきた!?
てことは、シルも?
そう思い、シルを見ると――
「私、恋バナはよくわかんない。カツミ以外に興味ないから。」
嬉しいなああああ!
「その……えっと……なんというか……一目惚れなんです…。」
「顔が好みだったの?」
「ちょ、ルナ、鼻息が荒いよ…。」
「違います。その、顔が好みとかじゃなくて……あ、お顔も素敵だと思います。でも、何より強者でありながら誰とも優しく接することが出来そうな柔らかいオーラが見えて…。
そして、愛する者にはより一層……」
「え?オーラ見えんの?」
「はい、それが私のスキルなので…。その、オーラがとても私の好きな雰囲気を纏っていたので…。」
「「きゃー!」」
その後、レーナの恋バナを聞いてシルを除いた女子がキャーキャー言ったり、ルナがハルドの黒歴史を暴露したり、シルとエレナが俺との惚気話をしたりと、大盛り上がりだった。
円卓神と神託の復讐者 波多見錘 @hatamisui
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