16

 ちょっと挨拶をして、近況などを話す。一緒に校舎に向かって歩きながら、私は睦月さんに尋ねた。


「魔法少女は続けるの?」


 くまは私たちに言ったのだ。これからどうしたいか、君たちで決めればよい、と。魔法少女の真の目的を知って、それでも魔法少女であることを続けたいか。それを決めるのは君たちなのだ、と。


 くまたちは、私たちに強制することはできない。それはおそらく彼らの、くまたちを作った異世界の人びとの、意思なのだろうとくまは言っていた。彼らが、それを望まないのだと。


「――続けるよ」


 少し沈黙があった後、睦月さんは言った。


「どうして?」


 私は尋ねる。睦月さんは前を向いたまま、答えた。


「……楓が魔法少女を続けるから」


 既に、私たちは結論を出している。くまに結論をゆだねられたときに、楓ちゃんは考えつつ言った。


「……私たちのやってることは、異世界の人たちのためになるんでしょう?」


 くまは頷く。


「そうだよ」

「……危険なことがあったら、助けに来てくれるよね?」

「もちろん」


「じゃあ私は……」楓ちゃんはまだ迷っているみたいで、少し、口を閉ざした。でもすぐに心は決まったみたいだ。「私は続ける」


「私も」楓ちゃんの言葉の後に瑞希が言った。「私も続けるよ。だって、異空間で暴れるの楽しいもの」


「私もおんなじ」


 沢渡さんが微笑んで言う。私の気持ちも決まっていた。私も――魔法少女を、続ける。


 睦月さんが口にした理由に私は納得し、やっぱりと思いつつも、と同時に感心するような気持ちになった。どこまでも楓ちゃんなんだなあ。黙っている私に、睦月さんは言った。


「魔法少女は――」


 以前、睦月さんが私に言った言葉を思い出す。「魔法少女って、なんなの?」


 それについてはほぼ結論が出たと言っていい。でも私の中には、同じ疑問がかすかに残っている。宙にただよう煙のように、テーブルに散らばる食べ物のかけらのように。「魔法少女って、なんなの?」


 睦月さんは全てに納得しているのかな。睦月さんにとって、魔法少女とは、どういう存在なんだろう。


 そんなことを考えていると、睦月さんの声が聞こえた。


「――私と楓をつなぐものだから」


 ここでもやっぱり楓ちゃんなのだった! 私はまたも感心してしまう。そしてつい、言ってしまう。


「でも別に魔法少女にこだわらなくてもさ。楓ちゃんとは十分に仲いいじゃない。睦月さんが魔法少女をやめても、仲のよさは全く変わらないと思う」


「でも」睦月さんは反論する。こちらを向いて。「おそろいのものを持っていたいとか――そういう気持ちはあるでしょ」


 早口で、少し不機嫌で、そしてとても照れているみたいだった。


 睦月さんはなかなかにかわいいところのある人なのだった。




――――




 学校から帰って自室に入れば、くまが待っている。本棚にちょこんと座って。


 私が傍によって声をかけると、くまが立ち上がる。机に移動するとふわふわとついてくる。いつもの光景だ。

 

くまの首にはえんじのリボンが結ばれている。私がクリスマスに贈ったものなんだ。リボンのプレゼントは少しずつ増える。くまも嫌がってはないようだし。


 後藤先生に報告したことを話した。睦月さんが魔法少女を続けることも。睦月さんのほうはたぶん、知ってるだろうけれど。


「あの――あのね」私はくまに言う。ちょっと相談したいことがあるんだ。「前に、要望があれば言ってほしいって言ったでしょ?」


 私たちが魔法少女を続けることを決めた後。感動したくまは言ったのだ。もし、こちらに何か要望や、改善してほしい点があったら言ってほしい、と。そのときは誰もそれを思いつけなかったので、そのままになってしまった。


 でも私たちはちゃんと覚えていた。特に瑞希。くまが寛大になっているので、これを機に私たちの望みをあれこれ叶えようと主張しのだ。けれども、望みといっても、やっぱりすぐには浮かんでこない。


 今日は睦月さんも交えて、その辺について話し合った。そして出てきた結論はこれだ。


「あのね、指輪が欲しいの」


 私たちは変身のための石を持っている。綺麗な、宝石のような石なんだけど、それはむき出しの石なのだ。もっとこう……アクセサリーか何かに加工できないのか? という話になったのだ。


 アクセサリーということで、ブローチやネックレス、様々なものが浮かんだけれど、指輪がいいかなあという方向性になった。誰が言い出したのか曖昧だけど。普段は指にはめておいて、学校などに行くときは、鎖にでもつるして首にかけるか、ポケットに入れておけばいい。


 ということを、私はくまに話した。くまは話を聞きながら戸惑っていた。できないのかな? 私はちょっぴり不安になる。でもくまはすぐに笑って、言った。


「わかった。ここではっきり、それができるとは言えないけれど――検討してみる」


 よかった。睦月さんの分もお願いね、とくまに言う。睦月さんはこれでいよいよ、楓ちゃんとおそろいのものを手にすることになったわけだ。ただ、楓ちゃんだけじゃなくて、私や瑞希や沢渡さんともおそろいなんだけど。


 他の魔法少女はどうするのかな。この情報が、他の魔法少女たちにも伝わるのだろうか。そして、他の魔法少女たちの要望も、私たちに適用されるのだろうか。


 これから変わっていくことがいろいろあるのだろうか。


 私はくまに手を差し出した。そして言う。


「ありがとう」


 くまが私につられるようにして、こちらに手を伸ばした。私たちの手が触れる。これから二年ほど。時が経てばお別れの日がやってくるけれど、でもそれまでは。


 どうぞよろしくね、くま。


 私はくまの手を取り、こちらに引き寄せ、胸に抱きしめた。

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続・少女と魔法と小さな冒険 原ねずみ @nezumihara

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