15
辺りは静かで穏やかな光に満ちている。光の源がどこなのか、よくわからない。壁や天井から、滲みだすように発せられてるのかなと思う。睦月さんは黙っている。本当に、静かだ。
私は湖を見る。その輝く湖面を。って、湖じゃないんだよね。液体……には見えるけど、正確には液体でさえもないのかもしれない。
これはくまとその仲間たち。私の目にははっきりと認識できないもの。
湖面はちっとも動かないけれど、ときおり、きらめくものが見える。細かな光が走って、消える。動いてるよ、活動を続けているよ、って言ってるみたいに。まるで生き物が呼吸でもしているかのように。心臓が脈打っているかのように。
綺麗。私は見とれてしまう。奇跡のように美しいよ。やっぱりくまは本当のことを言ってたんじゃない。
私は睦月さんに声をかけた。
「そろそろ元の世界に戻ろうよ。くまたちが戻るための穴を用意してくれてる。でも長くはもたないって言ってたから、急いだほうがいい」
そして私は、ちょっと迷ってから付け加えた。
「……帰ろうよ。楓ちゃんの、いる世界へ」
睦月さんが私を見て少し微笑んだ。けれどもたちまち、真剣な表情になってしまう。
「楓より先に律に会わなきゃ。律に謝らなくちゃいけない。危険なことをさせてごめん、って」
「そうだね」
私も南雲さんの無事を確認したい。
二人そろって、青白い渦へと向かう。
――――
渦を抜けると、たちまち冷たい空気が私を包んだ。思わず身を縮め、コートを掻き合わせてしまう。
忘れてたよー! 異世界あったかいから忘れてた! 今は真冬だった! 寒いよ~。
しかも夜だしさ。真冬の夜に長く屋外にいることは感心しない。早く家へ帰らないと……と思っていると、名前を呼ぶ声がした。
「ほのか!」
驚いた。瑞希の声だ。声のしたほうを向くと、はたして本当に瑞希が立っている。
瑞希だけじゃない。沢渡さんも、楓ちゃんも。
「ど、どうしたの、みんなこんなところで!」
駆け寄ると瑞希が言った。
「南雲さんから連絡もらったんだよ。異世界に行くって。なんのことやらさっぱりわからないけれど、とにかく場所を教えてもらったから、ここにこうしてみんなとやってきたの。ほのかにも連絡したんだけどさー、さっぱり返事ないし、携帯に直接電話してもちっとも出やしないし」
「携帯忘れてきたんだよー!」
そうなの。それに気づいたのは、電車に乗っていたとき。でも今さら取りに帰ると睦月さんたちを逃してしまうかもしれないから、そのままにしていたのだった。
「携帯は携帯してね」
瑞希が言う。うん……今度からは忘れないようにする。
瑞希は話を続けた。
「でさ、教えられた場所に来たはいいものの、誰もいないし、どういうわけかほのかのバッグは転がってるし、これはなんなの!? 事件!? 警察に言うべき!? とか話してたら、いきなり変な渦が現れてほのかと睦月さんが出現するし。ねえ一体何があったのよ?」
「それはさあ……」
説明しようとして、そこでふと、睦月さんの存在に気づいた。瑞希のおしゃべりで若干忘れていた。睦月さんはじっと、楓ちゃんを見ている。楓ちゃんも戸惑ったように、睦月さんを見つめ返している。
睦月さんの口が動いた。
「――楓……。……私、本当は……」
その声が震えていた。まるで泣き出す寸前みたいに。ここから先は聞いてはいけないような気がして、私は瑞希と沢渡さんを連れて、少し場所を移動した。
「で、何があったのよ?」
瑞希が再び聞いてくる。その時、ひらりと鼻の先に落ちてくるものがあった。雪だ。どうりで寒いわけだよ。
防犯灯の明りでほんのりと照らし出されている夜の暗闇の中に、雪がちらりほらりと舞っている。
これはとにかく早く帰ったほうがいいな。
でもとりあえず、私は瑞希の疑問に答える。
「南雲さんからの連絡にあったでしょ。私たち、本当に異世界に行ってきたんだよ!」
「何それ」瑞希が笑う。けれども私が真面目な表情をしているのを見て、瑞希の顔も真面目になる。「……本当、なの?」
「ほんとだよ! ほんとにほんと! くまたちのいる世界に行ってきたの!」
「えっ、じゃあ、くまの本体も見たの!? どんなだった!? とげとげ!?」
「いや……とげとげじゃなかったけど……」
なんと説明すればいいのかな、私は迷ってしまう。迷いつつ、私は答える。
「いやでも……とげとげの可能性もあるのかな……? たしかにくまには会ったんだけどね」
「なんで姿がわからないの? ああ、身体を隠していたとか?」
「そういうわけでも……ないんだけど……。なんていうか……見たけど、見てないんだよ」
「どういう意味よ」
難しい。私も上手く説明できるかわからない。
舞い落ちる雪片の数が増えていく。睦月さんと楓ちゃんの話は終わったかな? 一段落着いたら、みんなで一緒に家に帰りたい。
――――
私と睦月さんは無事に元の世界に戻ることができたけれど、南雲さんはそうではなかった。南雲さんは学校から少し離れた路上で倒れているのが発見された。それから二、三日、高熱で苦しむことになり、その後はすっかり元気になったのだけど、けれども変身のための石が砕けてしまったらしい。
南雲さんはもう変身できない。その方がいいと、くまは言っていた。今度何かあったときに、助けられないかもしれないから。睦月さんから聞いた話によると、南雲さんはショックを受けつつも気丈にそれを受け入れたようだ。
冬休みが終わって、三学期が始まる。異世界で知った魔法少女の秘密を、後藤先生に報告しようということになった。睦月さんが同席したいというので、私たちの学校にやってくることになった。私は校門まで、睦月さんを迎えに行く。
空は白っぽくて、風が冷たい冬の日だった。放課後で、生徒たちが数人ずつ固まりになりながら校門へ向かっていく。その傍をさっそうと通り抜ける自転車の子。睦月さんは校門の前で待っていた。
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