第11話 『無能王子』は働かない

 行方不明となっていた少女――ルミィ・ステンシアは保護された。

 ミナキを自らの結界に捕らえた後に解放したというのは事実だったらしく、そうして長い間ずっと気付かれないように生きてきたのだろう。

 長く生きる吸血鬼ほど、そういう生き方を身に付けているものだ。目立たずに生きるという意味では、俺の方に分があったようだが。

 以前に捕らえた吸血鬼も、ミナキが捕らえたものだと思っていたらしい――故に、アイシェルは油断していた。

 油断しきっていたからこそ……早く終わらせることができた。


「まあ、仮にまともに戦っても勝っていたがな」

「あなたが言うと、そんな気がしますね」


 屋上で昼寝をしていると、いつものようにミナキがやってきたので、俺は彼女が問いかけてきた『吸血鬼への勝因』に答えているところだった。

 随分と勉強熱心というか、どういう勝ち方をしたのかが気になったらしい。

 ミナキ自身は――アイシェルに敗北していた。

 俺がいなければ、あの時点で終わっていたという自覚があるのだろう。

 そしてもう一つ、俺と彼女の間には新たな盟約が刻まれることになる。


「この件が片付きましたら、何でもするという約束でした。ただ、魔術師としての活動は継続させてほしい、と」

「そうだったな。これが新しい盟約の内容だ」


 俺はミナキに、一枚の紙を渡した。

 ミナキはその内容を見て、少し困惑した表情を見せる。


「……レドゥ・アルヴァレスに関する情報の他言は不可。ただし、本人が許可した者のみは可能とする」

「以前のものより少し緩和した。そのままだと、俺に関する情報は全て話せないことになるからな」

「これって……」

「待て、ちょっと感動しそうな表情になっているが勘違いはするな。最後まで読むんだ」

「あ、すみません……っ」


 ミナキは謝罪をしながら、続きを読み始める。


「必要に応じてミナキ・サキライの『審魔機構』の任務に協力する。ただし、報酬の一割をレドゥ・アルヴァレスに譲渡する――これは?」

「なんだ、不服か? 言っておくが、働かない場合でも報酬の一割はもらうぞ。任務に協力した、という形は常に取らせてもらおうからな」

「いえ、別にお金に関してはいいんですが……そもそも、あなたはお金に困っているんですか?」

「『今は』まだ困っていない。だが、君も知っての通り、俺はここでは『無能王子』として通っているんだ。いずれは、この国から追い出されるか……追い出される前に俺の方から出ていくことになるだろうな。魔術学園に通っているのは、あくまで『魔術師』としての資格を手に入れるための建前に過ぎない」

「あなたの実力なら、魔術師としての資格がなくても審魔機構に――」

「悪いが、俺はその組織には入るつもりはないんでな」


 ミナキの言葉を遮って答える。

 そもそも、審魔機構という組織を始めに作るつもりはなかった。

 前世の俺――アヴィリス・グレイツはその強さと正義感から組織を作り上げたわけではない。

 彼は弟子を取り、魔術を教えるという体を取って、弟子の仕事に協力する代わりに報酬をもらうことで生計を立てていた。

 弟子だけではどうしても解決できない事件のみ、レドゥが表沙汰にはならないように手伝う形で。

 ――これは、アヴィリス・グレイツという魔術師が若くして『最強』と呼ばれる強さに辿り着いた時に得た知見であり、同時に彼の師匠の言葉に従ったものだ。

 強い者が全てを解決することは簡単だが、その者全てが『善』ではない――アヴィリスという男は善の側の人間であり、そして多くの善の側の弟子を育ててきた。

 それが、今の審魔機構の組織の在り方に繋がっていて、ミナキという少女にも受け継がれているということだろう。

 だから、俺はまた同じ生き方をしようとしている。


「まあ、早い話が君のヒモにしてくれってことだ。この前みたいにどうして倒せない相手がいる時は俺が戦うが――それ以外は基本的に君が解決してくれ。それで報酬一割……妥当なラインだと思うが」

「私は構いません。むしろ、これからも協力していただけるのですか?」

「そうだな。『協力』というと聞こえはいいかもしれないが」

「……ありがとうございます。レドゥさんのことは、全て分かったわけではないですけど、一緒にて少しは理解できました。あなたは、『良い人』ではあると思います」

「俺の話を聞いていたか? ヒモにしてくれっていうのと、一割の報酬をもらうっていうのは結構ヤバい奴だと思うぞ? いや、俺が言うのもなんだが」

「でも、この前みたいに手伝ってくれるんですよね?」

「……まあな」

「むしろ、助けてもらってばかりは嫌ですから――私だって、一人前の魔術師として活躍できるようにもっと強くなります。ちなみに、その手伝いのお願いはできるんですか? 私も、レドゥさんのように強くなりたいです」

「そう言えば、俺の考えに以前に『納得できない』って言っていたな。それは君が、強くなりたい理由と同じか?」


 俺はミナキに問いかける。面倒だから魔術師として活動しない――その考えには納得できない、と彼女は言っていた。


「そのことですか。それこそ、強くなりたい理由なんて簡単ですよ」


 ミナキは言葉を続ける。はっきりと、強い意志を持って。


「私は以前、魔術師に助けられました。私もその人みたいになりたいから――そういう理由では、ダメですか?」

「……いや、至極真っ当で、簡単な理由だな」

「ですよね。なので、今後も手伝ってくれるのなら、私に戦い方を教えてくれると嬉しいです」

「俺の戦い方は当てにならない――が、暇な時ならしてもいい」

「! あ、ありがとうございますっ、よろしくお願いしますっ」


 ミナキが嬉しそうな表情をして、頭を下げる。やはり、どこまでも真面目な少女だ。

 ――俺が強くなった理由と全く同じ理由なのだから、魔術師というのも単純なものだ。


「それじゃあ、これからは頼りにさせていただきますね。師匠!」

「その呼び方はおかしくないか?」

「え、そ、そうですか……?」

「まあ、好きなように呼んでくれていいが――人前ではそう呼ぶなよ。俺は『無能王子』だからな」


 以前と違って、表立って名前を出すつもりは一切ない。

 陰から、裏から……『無能王子』を演じたまま俺は『魔術師』としての活動を再開する――新しい弟子と共に。

 今後も、働くつもりはないがな。

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『無能』を演じる『転生賢者』は働かない ~だが、魔術師の少女からは監視されている件~ 笹塔五郎 @sasacibe

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