第10話 本気を出される前に

「一応、名乗っておこう。俺はレドゥ・アルヴァレス――この国の第三王子だ」

「……知っているさ、『無能王子』。私はアイシェル・クラリッツァ――吸血鬼だよ」


 俺は吸血鬼――アイシェルと対峙した。見る限りは完全に人の姿をしているが、この『結界』の支配者はアイシェルだ。

 それに感じられる魔力も、先日戦った吸血鬼とは格が違う。

 間違いなく、アイシェルは『強い』と理解させられた。


「もう一度、尋ねよう。どうしてここにいる?」

「入口から入っただけさ。ノックが必要だったか?」

「……無理やりこじ開けてきたのか。それも、私に気付かれることもなく――『無能王子』と呼ばれている君が、どうしてそんな力を持っているのか不思議でならない」

「そういう意味では君と同じだ。俺は魔術師として実力を隠し、君は吸血鬼としての力を隠す――お互いに、静かに暮らしたいと望む者同士というわけだ」

「それなら、利害は一致しているのではないかな? 君と私は、争う必要のない関係だ」

「思ってもいないことを言うなよ。手を出したのは君の方だ――その時点で、俺達は敵対関係だろう」

「そうかい……ならば、仕方ないな――」


 ヒュンッと風を切る音が耳に届く。俺の周囲に向かってくるのは、先ほどミナキを捕らえていた『影』。魔力で動かしているのだろう。

 だが、俺に届くことはない。

 周囲に作り出すのは『魔力の盾』。アイシェルの作り出した影は『魔力の盾』に阻まれる。

 ミナキの方に伸びていたものも、同じように防いだ。


「……っ、これほど硬度な『魔力の盾』を……」

「その場から動くなよ。すぐに終わる」

「ははっ、すぐに終わる……か。私も舐められたものだね」

「すでに君に一撃を加えているのを忘れたわけではないだろう?」

「ああ、この『喉元』の傷か。確かに、反応が遅れてしまったのは確かだけれどね。もう傷は治っているよ」


 アイシェルが喉元に触れて言う。

 すでに傷跡は残っていない――だが、俺は淡々と事実を告げる。


「俺の攻撃が君に見えたか? 避けられたと言っても、喉元を抉るくらいにはダメージを受けている。君は、俺の攻撃を防げなかった――だろう?」

「……」


 アイシェルは答えない。徐々に瞳の色が『赤』に染まっていく。吸血鬼としての力を解放させるつもりだろう。

 だが、わざわざ待ってやるつもりもない。

 俺はもう一度『攻撃』を仕掛ける。奴の首元で魔術を発動する――『首狩り』。初見で回避することはまず不可能と言えるだろう。

 吸血鬼とはいえ首を撥ね飛ばせば、大抵はそれで終わる。今度こそ、確実に仕留める――


「!」


 だが、アイシェルの首は切断できなかった。血液が凝固し、俺の作り出した魔力の刃が通らない。おそらくは、血液に魔力を流し込んで固めているのだろう。


「無駄だよ。一撃目を受けた時点で『対策』くらいはするさ」

「分かっている。俺が同じ攻撃を仕掛けると思ったか?」

「なに――がはっ」


 アイシェルの喉元を貫いたのは、『魔力の刃』。

 彼女は驚きに目を見開き、俺の方を見る。口を動かすが、喉がつぶれているために話すことはできないだろう。


「一撃目に仕留めそこなったとしても、その時に君の喉元に『術式』を残した。二発目は、その魔術を発動するための『魔力を送り込むため』だけのものだ。悪いな――俺は面倒臭がりだから、相手が本気を出していないのなら、出す前に片付けるタイプでな」


 アイシェルの喉元から次々と魔力の刃が出現し、首を吹き飛ばす。

 俺はすぐに首と胴体の両方に『束縛の鎖』を発動し、動きを封じた。念には念を入れて、さら小さな結界魔術を発動し、アイシェルの身体ごと閉じ込める。

 すると、徐々に周囲の景色が崩壊を始めた。


「これで終わり、だな。これで『盟約』は果たしたぞ」


 くるりと反転して、俺はミナキの方に向き直る。

 呆気に取られた表情のまま、彼女はただ戦いが終わるのを見届けていた。


「こんなに、早く……?」

「奴が初めから全力であったのなら、こうはならなかったかもしれない。だが、最初に君と対峙した時点で、油断をしていたからな」

「あなたは本当に何者、なんですか……?」

「これで何度目かの台詞だな。だが、少しだけ答えを変えよう。俺は『働かない魔術師』――今日は仕事をしたがな」

「何ですか、それ……。でも、ありがとうございます」


 俺の答えを聞いて、呆れたような表情をするミナキ。

 けれど、感謝の言葉も続いていた。

 今度こそ――『吸血鬼事件』は終幕を迎えた。

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