海恵堂怪書:Untouchable Minority Archives.

黒羽@海神書房

肝はじめ

事の発端は、海恵堂へいつものようにふらふらと遊びに来ていた乙姫様のこんな一言でした。


「ねえつくし、大湊神社って知ってる?」



***



 深海に社を構える海神の社殿"海恵堂"


 そこは、海神様が産み出した人魚たちによって管理される、竜宮城とでも言うべき場所です。


 そして、そんな竜宮城には、私一人だけ人間が居ます。


 とは言っても、私も普通の人間ではなく、神話の神様である綿津見を身に宿した現人神ですけどね。



深層のシュラインメイデン

檍原 つくし/Awakihara Tsukushi



「つくし!また来てくれたし!」


 海恵堂は、ただ無機質に海の中に神社があると言うわけではなく、海に迷いこんだ者を歓待する為のお城みたいな場所と、その城下町で出来ています。そして、私が城下町に入るや否や、私めがけて全速力で何かが泳いできます。


「天平ちゃん、いつもお出迎えをしてくれますけど、暇じゃない筈ですよね?城下町の管理人ですし…」


「そこは大丈夫だし。アタシは何かが起きた時に動くのがお仕事だし。だから妖精や小さな人魚たちが普通に動いてる間は、アタシの用事はないし」


 強調されるほどに大きく張った胸で、天平ちゃんは自信ありげに答える。私とあまり背格好は変わらないはずなのに、天平ちゃんは随分と良いものを持っているのが気にかかります。


 あ、紹介がまだでしたね。私の前に立っている少女。今しがたものすごい勢いで私の方まで泳いできた彼女は、海恵堂に使えている人魚の姉妹の一人、姉妹としての立場は6人中4番目になる"海 天平"ちゃんです。



安直なシティメイヤー

海 天平/Kai Tenpyou



「アタシの仕事は面倒事の解決だし。だからいつもは件如とかと手合わせしてるし!」


「件如さんはお元気ですか?」


「アタシが見かけるときはいつも横になってるし。鈴竹姉さんはそれを見ていつも頭を抱えてるし」


「あぁ…件如さんも鈴竹さんも相変わらずなんですね」


 この天平ちゃんにはお姉さんと妹がいます。彼女たちは海の六姉妹としてこの海恵堂を管理・守護しています。


長女・海 京雅

二女・海 春慶

三女・海 鈴竹

四女・天平ちゃん

五女と六女・あやおりちゃん、すいめいちゃんの双子


 上になるほどこの海恵堂の要所を任されて、天平ちゃんは海恵堂の外の城下町が担当と言うことになります。


「…あ、思い出したし。今日は乙姫様が来てるんだし」


「またですか?このところ頻繁にいらっしゃってますが?」


 乙姫様とは、この海恵堂の創設?立案?そんな感じの人です。名前はそのまま"観福宮 乙姫"、姉妹の皆さんが言うには永遠のお客様だとか。


「そう!それで乙姫様が、もしつくしが来たら自分の所まで案内してくれって、言ってたし」


 無理矢理に一息で言おうとした天平ちゃんに、ちょっと和みながら私は乙姫様からのそんな言付けを承った。ただ、私は心の底で行くかどうか迷っています。


 観福宮 乙姫…その方は海恵堂の永遠の客人であると同時に、良くも悪くも私を海恵堂に繋ぎ止めてくれた方です。長く私が実家から利用されていた事を慮って、私に現人神としての自由な生き方を提案してくださったと言う経緯があります。


 しかし、よくよく話を聞いてみると、


私が逃げてきた場所を何らかの事情で知り、


あえてその近くに海恵堂の予定地を決めて、


私が正義感で動くであろう事を予測して、


最終的に私が海恵堂に居るように選択をさせた


 と言う事らしく、その話を耳にしてからどうにも乙姫様の手の中で踊らされている感じがしているのです。


「うーん…まぁ、話しを聞くのも私の役目…何でしょうかね?分かりました、それじゃあ私は賓客室に行きますね」


「アタシも付いていっていいし?」


「京雅さんに怒られない保証があるのなら」





「いってらっしゃいだし………」


 あるんですね、心当たり。



***



「おや、ちょうど巫女様の話をしてたんでやんすよ」


 海恵堂の、最も高い階層にある壮麗な賓客室。何折りかの階段を上ってその扉を開くと、中では二人の女性が談笑していました。


 片や私が開けた扉の側に立って腕組をしている、雄壮な白髪が流れる麗人。



阿漕なエルダーシスター

海 京雅/Kai Kyoga



「そろそろ来ると思ってたよ。現世の夏休みは満喫してるかな?」


 片や椅子に腰かけて何かを飲んでいた様子の、幾何学模様のドレスをまとった少女。



不可思議なディメンジョンウォーカー

観福宮 乙姫/Kanpukugu Otohime



「京雅さん、乙姫様。天平ちゃんから言付け頂いてこちらにやって来たのですが?」


「うん。私が姉妹にそう伝えたよ」


 隠すような素振りの微塵もない、素直な表情で乙姫様は答えた。私の隣で扉にもたれ掛かっている京雅さんも、首を縦に振っています。


「幻想郷もこっちも、季節って言うのは変わらないよね。まあ季節のきの字もない所から見れば、それはそれですごく面白いけど」


「はぁ」


 何処から話しに加わればいいのかわからない話題に、相づちを返すことしか出来ません。


「さて、つくしが困ってるみたいだから本題に入ろっか」


「察していらしたんですね…それで、本題とは?」


「ねぇつくし、大湊(おおみなと)神社って知ってる?」


 前触れのない質問。そしていきなり聞き覚えのある言葉が聞こえてきて、私は僅かに身体を強張らせた。


「あ、はい。この海恵堂の…あと、私の住んでいる町にある神社ですね」


 大湊神社…それは、私の暮らしている町にある神社です。割りと大きな神様を奉っている立派な神社です。


「じゃあその本殿の話しは?」


「本殿と言いますと…もしかしてあの孤島の事ですか?」


 大湊神社には、町中にある神社とは別にもう一つ社殿があります。町にある方は「陸の宮」と言い、孤島にある社殿に参ることの出来ない人のための臨時参拝所のような役割をしています。


 そして乙姫様が口にしたのは、海を挟んで町の向こうにある孤島の社殿の方。大湊神社の本殿と言えば、ほぼこちらの事になります。


「なんだ知ってるんだ、じゃあ話は早いね」


「と、言いますと?」


「うん。その大湊神社の本殿を使って、ちょっと肝試しをしようかと思ってね」


「はぁ………はぁ?」


 同じ言葉、違う言い回しで私は乙姫様の提案を確認した。え?由緒正しい神社で?肝試し?



***



 結局、乙姫様はそれ以上明瞭な説明もしてくれず、私は現在、件の大湊神社の本殿前に居ます。ただいま深夜1時頃。眠いです。


 この本殿が絶海の孤島だったのはずいぶん昔の事で、今は島と陸とを繋ぐ橋がかかっていて、誰でも本殿に参拝することは出来ます。なので、私はその橋をてくてくと歩いて、まるで普通の人間のようにここまでやってこれたわけです。


「やって来たのはよいのですが」


 神社にたどり着いた私は、私を守護する中津綿津見様と交信をとる。それは、この大湊神社を構える孤島の異様な空気感を肌に感じたからです。


 この大湊神社のある孤島、社殿は島のほぼ中心で、橋を渡ってすぐの鳥居を抜けて小山を登った場所にあるのですが、その鳥居の目の前で私たちが感じたのは、まるで常に風が吹いているかのような気流みたいな感覚でした。


「風…いや、これは少し違う。え?神力の流れ?」


 私が肌に感じた風のようなものに対して、海神様が助言をくださいました。この穏やかな潮風のようなものは、大湊神社の本殿を巡っている神力の流れなのだそうで、どうやらこの周囲何キロかしかないこの孤島を循環するようにそれが流れているとのことです。


「それって…もし乙姫様が言っていたことを成すのであれば、私はこの神力の流れを…」



ーーー



(大丈夫。肝試しって言ったって大湊神社を反時計回りに巡るだけだから)


(反時計回りに)


(そう、それで最後に本殿に参拝するだけ。簡単でしょ?)



ーーー



 だけって言ってましたけど、これって神力の流れに逆らって歩くって言うことですよね。普通の人なら多少バチがあたる程度でしょうけど。


「これ、本当に私がやって大丈夫なんでしょうか」


 未熟ながらも私も現人神。神様をまとった人間が神の力に反駁するとどうなるか、不安が拭えません。


「………はぁ、二つ返事で首を縦に振った手前、やるしかないですよね。それじゃあ綿津見様、私は覚悟を決めてこの肝試しに参加させていただきます」


 私は、何故か綿津見様の大幣を手に持って、顔を撫でるような神力の風を受けつつ、鳥居の右へ向かって足を進めた。

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