第149話 現実
「さて、問題なのは……」
テーブルの上に映し出されていた景色が変わり、悲惨なものばかりが並ぶ。崩れた城、破壊された城壁、画面に収まりきらないほど並んだお墓の列、右目を失った人、汚れた体で一人立ち尽くす少年。
原型もなく壊れた町並みを一見すると、世界中を見て回った記憶のどれとも当てはまらず、本当に現実にある場所なのかと疑ってしまう。
「我が国が西側諸国全域へ同時に宣戦布告した後、エストランス王国とモルガレス公国は同盟を結び、共闘して対抗しました。一ヶ月間の戦いの後、我が国は相手両国の首都を制圧。モルガレス大公はアルテミーナ様の示した、娘を人質として差し出せば、国民と大公親族の命を保証するという条件を飲み、降伏を宣言しました。エストランス王は城内で一週間籠城した後、オーバス様の到着を見て降伏を宣言致しました」
アルメロは淡々と話しを続ける。
当然、隣国であるエストランス王国とモルガレス公国にも行ったことはあるが、今、映像に映し出されるのは倒れた家ばかりで、どれがどっちの国なのか判別できない。
僕らが東側で戦っていた間に、西側ではこんな惨状が起きていたなんて。まざまざと傷だらけの戦場を見せつけられると、逃げようのない現実が押し寄せてくる。
「この対戦よる蘇生不能者数は、エストランス13万人、モルガレス6万人、騎士団が3千人となります。後遺症を患い、今も完治の目処が立たない者は、両国合わせ5万人ほどいると思われます。エストランスへの接触は慎重さを必要とするため、対話による交渉は先延ばしにし、現在はエストランス国民の治療と破壊された建物の修理、食料支援のみに留まっております。モルガレスへの交渉は、クエード公爵に一任しております」
「モルガレス大公は魔王や呪いの存在に一定の理解を示しておりますが、失った家臣や、人質となったラーニャ大公女を想い、呪いの蔓延防止に協力する意思は薄いです。開放すれば、国民を扇動し、再び抗争に発展する可能性は捨てきれません」
「そうですか。大義でした、クエード。しばらくは休んでいてください」
「勿体なきお言葉。私に休養は無用でございます。必要とあらば、なんなりとお申し付け下さい」
フローレンス様が労うと、クエード様は恐縮して胸に手を当て頭を下げ、席に座った。
「私達はこれ以上の呪いの感染拡大を防ぐため、この悲惨な対戦に生まれた憎悪や悲しみを、慰めて回らなくてはなりません。呪いに苛まれていたとはいえ、先に戦を仕掛けたのは我が国、人々がもう一度、手を取り合い、一致団結して魔王に立ち向かうためにも、全ての責任を背負い、被害に合われた方々への支援と謝罪を徹底して関係改善に努めて参りましょう」
フローレンス様は真剣な表情でエリス様を見る。
「エリス。この混乱の最中でも、世界中の国々から理解を得るためには、精霊様の力を授かる貴女の存在が必要不可欠です」
「分かっています。ケイルとなら、私は世界中のどこへでも赴くことが出来ます」
「ありがとう、エリス。……まずは、モルガレスへ。ラーニャ様を丁重にお連れし、私は大公への謝罪を試みます。エリスは精霊様の力を使い、呪いを証明してみせてください」
「はい」
「全員、エリスへの支援を惜しまず、エリスの判断を第一に優先して行動するようにして下さい。明後日の明朝、ここをたちます。同行者は、明日一日で準備を滞り無く済ませるように。留守はハルネに全てを任せます」
「分かりました。陛下の遠征中は、呪いの蔓延防止と、国内の犯罪抑制、国民への支援に努めます」
「ティオ様。聞こえますでしょうか」
《はい。聞こえております》
「何か他に、我々がすべき事はありますでしょうか。なにか助言がありましたら、是非お教え下さい」
《皆様は最善を尽くし、よく動いて下さっています。今の所、私から申し上げる指図はございません》
フローレンス様は当たり前のように何もない空間へ話しかけている。周りの反応を見ても驚く様子は見られない。僕が眠っている間に、精霊様の存在は十分に認知されているようだった。
「そうですか。では他に何も無いようでしたら、解散いたします。各々、準備に取り掛かって下さい」
「「はっ!」」
部屋にいた全員が大きな声で応える。
後ろに控えていた従者が一斉に席を引くのを見て、僕も真似してエリス様の席を引いた。
王族の3人、ミリィ様たち、アルメロ、そしてオーバス様以外の人たちは退室していった。
「モルガレスの次はエストラへ。レイシア、準備の方は出来ているでしょうか」
「はい。後は誰の意識を投影させるかですが」
「私は絶対に嫌だからね」
「国王陛下が私達を頼りにしてるのよ? その期待を裏切るつもりなの?」
「他にも適任はいるでしょ?」
「例えば?」
「例えば……。とにかく! 私は嫌だから!」
「あ、あの、何の話をしているんでしょうか」
ミリィ様が子供のように駄々をこねているが、僕には要領が掴めない。
僕が尋ねると、全員が国王の方を向き、フローレンス様は悲しげな微笑みを見せて言う。
「……ケイルには話しておいた方が、よろしいでしょう。先程の会議ではエストラへの交渉を先延ばしにしている言っていましたが、実は既にアルメロが現地に赴いて、フレイド・エストランス国王と面会しています」
「そ、そうなんですか」
「フレイド王は呪いや魔王の一切の存在を否定し、和平交渉をする以前の問題として、大罪人の処罰を求めました。それが済むまでは、話し合いの場を設けるつもりもないと……」
「大罪人?」
「アルテの処刑です」
初めての言葉に衝撃を覚えたが、少し時間が立って、立場を変えて考えると、これだけの紛争を起こしておきながら、なんの処罰も受けないのは、相手国からすれば大きな不服があって当然の事だと思った。
和解の交渉を進めるには、アルテミーナ様の処刑が必要。もちろん、僕の直感は人の命を奪う解決策は許容しない。そんなことは、部屋に残った人たちの顔を見れば、みんな同じことを考えていると分かる。全員、アルテミーナ様が殺される事を、良しとしている表情ではない。
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