第148話 会議室

 少し小走りになって、ポート様が王の扉を開ける。当然、エリス様が出た瞬間に閉められ、僕は軽く挟まった。


「失礼」


「い、いえ」


 扉の前で待っていたミリィ様たちは、全員が頭を下げたまま動かない。


「おはようございます。ミリィ、レイシア、シェイル」


「「おはようございます。国王陛下、ハルネスティ様、エリスティーナ様」」


「ロイドもおはようございます」


「……おはようございます」


 少し離れたところにいるロイド様にフローレンス様が挨拶すると、ロイド様は頭を下げて返した。

 事情を感じさせる同情の顔を見せたフローレンス様は、何かを伝えるようにロイド様を見たあと、先を歩く。

 近衛騎士に挟まれながら歩き、その後ろをミリィ様たちがついてくる。


「おはようございます。フローレンス殿下」


「おはようございます」


 通り過ぎる身なりの整った人たちが、フローレンス様に挨拶すると、ミリィ様たちは頭を下げて立ち止まり、列に出来た空間に入る。従者なのか使用人なのか、一人ひとりに付き従う者がいて、行列はすぐに長くなり、ミリィ様たちは見えなくなった。

 特別に招待されない限り、王宮に入れるのは公爵以上の爵位を持った人たちだけ。ここに居るということは、全員がミリィ様たちより身分が高い事を示していた。

 でも今は、その人たちの前を平民の僕が歩いていて、より国王から近い場所にいるのだから変な感じだ。王族の権威にくっつく金魚のフンのようで、後ろにいる貴族様がたの視線が痛い。


「ミア様はどちらに?」


「さぁ、また研究に没頭しているんでしょう」


「ふん。流石は天下の管長様、国を左右するやもしれない貴族会議にも興味がないんだろう。実に平民らしい」


 そういえば、王の間で魔力を分けてもらった以来、まだミアの姿を見ていない。僕のせいでもないのに、ミアもまた平民から成り上がった人だから、いくらかの妬みを含んだ貴族様がたの視線が、更に尖って僕の背中を突く。

 2階の長い廊下の中央にある部屋に入る。


「「国王陛下、おはようございます!」」


「おはようございます」


 壁際に並ぶ騎士たちが大きな声で挨拶する。そこにはオーバス様の姿もあった。

 長いテーブルの一番奥にフローレンス様が座り、左右の席の前にハルネスティ様とエリス様が立つ。そこから順に、恐らくは公爵家の方々であろう人たちが席の前に立ち、従者やそれに準ずる人たちが、主人の後ろで待機しているのを見て、僕も真似してエリス様の後ろにくっついていた。席のないミリィ様たちは、入ってすぐ横の壁際に立っている。


「座って下さい」


 フローレンス様の声で、席のある人はみんな座る。だが、エリス様だけが一向に座らない。どうしたのだろうか。


「……椅子を引いて下さい」


「あ……は、はい!」


 そういえば、周りの従者と思しき人たちは、全員が主人の椅子を引いていた。一糸乱れぬ動きに僕は「うわー、貴族様っぽい」などと他人事のように、ボケっと眺めてしまっていた。

 ヒソヒソとしたエリス様の声に従い、慌てて椅子を引いたが、それがガタガタと音を立てて、なんとも下品なこと。ふとポート様を見ると、イライラとした表情がまっすぐ僕に向かっていた。


「す、すみません……」


「いえ。私が立つ時は、また椅子を引いて下さい」


「はい」


 王族の三人は微笑ましく見ているが、他の殆どの貴族様がたは冷え切った目で僕を見ている。

 こういう場では、やはり手取り足取りを僕がサポートして、取り計らわなきゃならないんだ。今までは、エリス様の椅子を引くなんて事もなく、同じタイミングで席に座り、それどころか、僕が先に食事を始める時すらあった。まるで従者としての振る舞いが出来ていなかった事を思い出し、さらにこの先が思いやられる。

 僕はもちろん従者や使用人なんて雇ったことが無いし、どういう振る舞いが正しいのかもよくわからない。あとでミリィ様たちに使用人の何たるかを聞いておかなきゃならないな。


「今朝、エリスの従者であるケイルが目を覚ましました。当初の予定通り、これから占領国の開放に向けて行動を開始していきます。アルメロ、現状の報告を」


「はい。かしこまりました」


 アルメロがテーブルに手を置き、魔力を込めると、光りだしたテーブルから、誰かの視点を借りたような様々な景色が飛び出してくる。

 山間にある素朴な街。鳥の手を持つ人、獣の耳を持つ人、鋭い爪の足を持つ人。獣人が多く映るのは、エルベントス共和国。海に面した街で、多くの船が並んでいるのはマルティノス公国。

 どちらもクエストで訪れた事があって、一目その情景を見れば思い出せた。


「エルベントスとマルティノスは宣戦布告後、すぐに降伏を示したので人的被害はありませんが、敵意の無いことを証明させるため、かなり無理を通して資源を徴収致しました。飢餓状態に陥るギリギリまで食糧難に苦しんでおりましたが、幸い死者は出ず、今は救援物資を滞り無く送り届け、経済回復の支援に向けて交渉を続けております」


 アルメロの説明と共に、映像には食料を届けたり、回復の処置をする騎士の姿が映っていた。


「マルティノスへの和平に向けた交渉は、ターク様に一任しております」


「マルティノス大公はこちらの事情を全面的に理解して下さっており、支援や援助が賜われれば、不服は無いとのことです。国民への説明もマルティノス大公自らが行っており、呪いの感染拡大防止に尽力して下さっています」


 アルメロの紹介に立ち上がったのは、席に座る貴族様がたの中では、唯一、優しそうな雰囲気を持ったタレ目の男性。

 ターク様はゆったりとした口調で、自身の成果と過程を報告した。


「エルベントスへの交渉は、アッカス様に一任しております」


「領主マグナルもまた、私の献身的な交渉に感銘を受け、非常に好感を持って、我々の事情に理解を示して下さいました。マルティノス同様、最低限の支援さえ貰えるなら、それで構わないそうです」


 アッカス。その名を聞くとドキリとして、背筋が伸びる。立ち上がったのは、黒髪を全て後ろへ流した、少し冷たい印象の男性。ここにいられる条件と、どことなく似た雰囲気を見れば、まず間違いなくロイド様のお父様であることは確かだろう。学園の授業参観にも卒業式にも顔を出さなかったから、会えたのはこれが初めてだった。

 微笑みと言うより、ニヤけると言ったほうが正しい不慣れな笑みを見ると、なんだか不気味に感じる。


「そうですか。お二人共、大変良くやって下さいました。今回の騒動で出た被害には、限りない援助を用意する事をお伝えし、引き続き、両国との関係改善に努め、交渉を続けて下さい」


「お任せ下さい」


「このバルト・アッカス! 国王陛下の為に粉骨砕身、頑張らさせて頂きます!」


 フローレンス様が聞き届けると、ターク様もバルト様も席についた。

 ロイド様のお父様は、言っている言葉や態度は規律正しいものに見えるが、座った後にふと垣間見える笑顔が、やはり含みを持っているように見えて、信用ならなかった。

 直接会話したこともないのに、見た目や仕草で人を判断するのはいけない事だ。分かっているはずなのに、背筋に寒気を感じて仕様が無いのは、はやりロイド様の父親であるという意識が、偏見を生んでいるせいだった。

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