第147話 挨拶

「ケイル様。よくぞ、お目覚めに。ご回復、心よりお喜び申し上げます。貴方様には一度、ちゃんとした場を設けてお礼を申し上げたく、お呼び出しした次第でございます」


 美しいという字を形にしたような清らかな女性が、わざわざ椅子から立ち上がって、物腰やわらかく丁寧に頭を下げる。

 桃色の髪を見れば、それがフローレンス様であることは分かるが、以前よりも血色が良くなり、健康的な体になって見違えるような美しさを取り戻していた。


「改めまして、私の名はフローレンス・フォン・リングリッド。そして……」


「次女のハルネスティです。この度はこの国の危難をお救い頂き、ありがとうございました」


 青いドレスを着たハルネスティ様が、深々と頭を下げる。光を取り戻した目は、少しだけ鋭さがあって、鏡越しで見た時には無かったメガネを掛けた姿を見ると、知的な女性教官のような凛とした印象を感じた。


「さぁ、アルテ」


 最後に呼ばれたアルテミーナ様は、重い腰を上げて、一番深く頭を下げた。


「四女の……アルテミーナと申します……。この度は、私のせいで……大変なご迷惑をおかけしまして……誠に申し訳ございませんでした」


 悲しそうに言うアルテミーナ様は、まるで下女のように肩身を狭くして、言葉の最後は震えて涙を流していた。


「い、いえ……。悪いのは呪いを振り撒く魔王で、アルテミーナ様ではありません。どうか気に病まないで下さい。何はともあれ、皆様がご無事で、本当に良かったです」


 目を腫らして涙が止まらないアルテミーナ様の肩に触れ、フローレンス様は優しく椅子に座らせた。

 一つの円のテーブルに、それぞれが対面して四人の王族が席につく。入り口で扉を開けた、洗練された赤い服を来た男性がフローレンス様の後ろへ、黄色い服を来たメガネの男性がハルネスティ様の後ろへ立つ。そして僕は、自然とエリスティーナ様の後ろに立った。

 ここに居るということは、後ろに立つ男性二人はそれぞれの従者なのだろう。僕なんかと違って、長身で表情も男らしくて、立ち居振る舞いに高貴さが漂ってる。僕が想像した通りの王族の従者であり、僕が想像した通り、エリス様につく僕だけが見劣りしている気がした。


「こちらは私の従者を務めるポート・ハズベルト。そして、ハルネの従者を務めるアリッシュ・ヨハンネ」


「よ、よろしくお願いします……」


 王族の従者を務めるのは、代々、勇者の末裔だと聞くから、このお二人もそうなんだろう。王族の方々と同じくらい、お会い出来ただけで、なんだか拝みたくなる。

 先程から鋭い視線を送るポート様は、僕の近くまで来て、右手を出して握手を求める。

 僕はさっきから緊張で溢れ出していた手汗を、服で念入りに拭いた。従者の服が機敏に浄化の反応を見せて少し恥ずかしかったが、両手でポート様の手を握った。


「よろしくお願いします。ケイル。聞くところによると、貴方は勇者の末裔でも無ければ、貴族ですらないそうですね」


「ポート!」


「失礼しました。まるで悪意はなく、平民から成り上がった努力に、ただただ感銘を受けてしまいまして」


 フローレンス様が少し大きな声を出すと、ポート様は申し訳なさそうに釈明した。だけど、謙虚な表情とは裏腹に、僕の手は常人なら骨が折れても不思議じゃないくらいの力で握られていた。ポート様は明らかに不満を抱いている。やっぱり、僕が貴族でもなんでもない平民だからだろうか。

 とりあえず、同じくらいの力で握り返して、穏便に済ませる為にニコニコしておいたら、ポート様は頬に汗を流して、少し荒く僕の手を離した。


「王族の従者として、恥じることのない振る舞いを心がけて下さい」


「は、はい」


 ポート様は腹に抱えた不満を閉じ込めて、フローレンス様の後ろに戻り、背筋を正して待機した。


「すみません、ケイル様。お気を悪くされないよう」


「い、いえ。僕は全然」


「陛下、従者に向かって様付けはどうでしょうか。しかも、彼は平民です。あまり丁寧すぎるのも王としての威厳を損なうかと」


「ポート、少し黙っていなさい。ケイル様はこの国を救ってくれた命の恩人なのです。彼が居なければ、エリスも救われず、私たちも救われず、国は滅びていたことでしょう」


「出過ぎたことを致しました。申し訳ございません」


 国王陛下から直々に高く評価して頂けるのは嬉しいが、その後ろで僕を睨み続けるポート様がとても恐ろしい。


「あ、あの……僕からも、様付けはしないようにお願い致します。それと、僕に敬語は必要ありません。僕は平民なので、そのように扱って頂いたほうが、なにかと居心地が良いかと……」


「えっと……ケイル様には、爵位を授けるようにするとエリスとも話していたのですが」


「申し訳ございません。爵位を賜る事は辞退させて頂きました」


「どうしてですか?」


「え、えっと……なんと言いますか。身に余り過ぎる光栄で、息が止まりそうだったので……」


「……陛下のお心遣いを拒否するとは……」


 ブツブツと小さく言うポート様はさらに不機嫌そうに顔に影を作る。謙虚に振る舞ったつもりなのに、もうどっちが正解なんだか分からない。


「ポート」


「冗談でございます。陛下」


「貴方の冗談は分かり難いです。……分かりました、ケイル。ではこれからは気を使う事無く話すように致します」


「あ、ありがとうございます」


 十分に丁寧すぎる言葉遣いで了承するフローレンス様。エリス様の言葉遣いを聞けば、敬語は気遣って出しているのでは無く、王族の標準語なんだろう。


「では場所を移して、今後のことを話し合いましょう。エリス、ケイルは会議に連れていきますか? 起きたばかりですし、無理をする必要もありませんが」


 エリス様はこちらを見て、僕の返答を待つ。どんな会議かもわからないが、特に体調が悪いわけでもないので、「僕は大丈夫です」と適当に同行する意思を伝えた。

 フローレンス様を先頭に部屋を出る。

 でもアルテミーナ様だけは席を立たず、僕は声をかけようかと思ったが、エリス様が首を振ったのを見て、最後に扉を閉めた。


「アルテミーナ様を一人にして大丈夫でしょうか」


「……従者をつけるように言っているのですが、アルテの従者が次々に呪いに感染した事もあって、また迷惑を掛けるかもしれないと恐れてしまっています。今は彼女を信じるよりありません」


 呪いが解けた時の反動は、今までにも見てきた。ほとんどの人は、すぐには実感が湧かないようで、過去の自分が他人事のように感じたり、長い夢をみていた感覚になって、一日二日と時間が経ち、脳が平静と理性を取り戻すと、過去と今が結びついて、自らの行いを自覚するのが常だった。

 後悔に打ちひしがれ泣き崩れる人もいれば、本来の自分と再会して表情が晴れる人もいるが、世界を混乱させてしまったアルテミーナ様の心情、懺悔の気持ちは計り知れない。

 魔王のせいだとか、呪いのせいだとか言っても、きっと慰めにはならないんだろう。どうにかしたいけど、今の僕には掛ける言葉がみつからない。

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