第150話 手筈

「家臣たちも処刑の要求については聞いていて、大半が賛成する意見を出しています」


「そ、そんな……」


「誰かが責任を取らなければならない。残念ですが、その考えは相手国のみならず、自国民も少なからず思っていることです。例え本人の意思ではなく、魔王に操られていたとのだとしても、やはりその不手際は王宮の不遜にあり、王としてのけじめをつけなければ、国民はついてこない。今、私たち以外でアルテに同情を寄せる者は、紛争中に利益のあった武器商人だけでしょう」


「ど、どうするおつもりで……? まさか、本当にアルテミーナ様を……」


「此処から先は、ここに居る者しか知らない話です。ケイルも決して口外しないようにして下さい」


「はい……」


「アルテの命を守るため、【魔偽造体グリムドール】を作る事に致しました」


「【魔偽造体グリムドール】?」


「【細胞回復アルカナフィール】を利用して、人間の体を完全に再現した人造人間を作るスキル。私が考えたの」


「レイシアの助言で、一寸違わぬアルテを模造した肉体を作り出し、それを身代わりに処刑をしたように見せかける手筈です」


「な、なるほど……。さ、流石はレイシア様」


「ふふ、ありがとう。すごく大変だったけど、ケイル君の寝ている時間が長かったから、用意できたの。95パーセントの模倣に成功したアルテミーナ様の偽造体ドールは既に出来上がってる。問題なのは誰が、操るかということ」


「操る必要があるんですか?」


「私が作ったのは形だけ、器みたいなものよ。誰かの魂を入れちゃう方法もあるけど、それだと本当の人間を身代わりにしてるのと変わらないし、意識だけを乗り移らせて、操作するやり方が無難なの」


「それで、ミリィ様に白羽の矢が立ったのだが」


「嫌よ。処刑される役なんて……」


「そんなこと言ってる場合? 貴方の駄々に付き合ってる暇はないの。素直に使命を全うしなさい」


「あの、ミリィ様でなければならないのでしょうか。嫌がるのを無理矢理させるのは可哀想です。僕で良かったら、お引き受け致しますが」


「ケイル……やっぱりアンタは出来た弓使いね」


「従者としての使命はどうする」


「そ、それは……」


「ミリィ様を甘やかせるな」


「シェイル……アンタは最低な盾使いね」


「レイシア様の言う通り、事態は我儘が許される状況ではございません。観念して、引き受けて下さい」


「ケイル君、残念だけど、この問題を知る人の中で適任者はミリィ以外には居ないのよ」


「そうなのですか?」


「アルテミーナ様の体は小さいから、意識で操作するならミリィが一番、動かし易いはずなのよ」


「……確かに、アルテミーナ様は14歳の女の子。ミリィ様は同じくらい、もしかしたらそれよりも少しだけ低い……」


 意識で他の肉体を操作するなら、体の大きさが一致していたほうが動かし易いに決まってる。合理的な理由に妙な感心を抱くと、顔を真赤にして涙目になったミリィ様が僕を睨みつけていた。ミリィ様が背の低さにコンプレックスを抱いていることを、すぐに思い出した。


「あ、いや! なんでもありません! ただ、こんな大役は、やはりミリィ様にしか頼めない事だと思っただけです! ミリィ様なら気品あふれる仕草や身のこなしにも慣れてらっしゃるし、改めて考えると僕なんかじゃ全然、できないなぁって……」


「……気品あふれる仕草……?」


「ええ! それに可愛らしさとか、男の僕には表現出来ませんし」


「可愛らしさ……。アンタは私に、それがあると思ってるわけ?」


「もちろんですよ! だからこそ、適任者だと思います。ミリィ様以上に向いている人なんていませんよ」


「私以上には居ない……。……分かった。アンタがそこまで言うなら、私がやる」


「ありがとうございます!」


 ミリィ様は顔を赤くしたまま、不貞腐れつつも身代わり役を了承してくれた。

 処刑される役なんて、誰だって怖いに決まってる。それでも引き受ける覚悟が持てるのは、ミリィ様の優しさと強さあってこそ。些細な不備も無いように、全力でサポートしないと。


「さすがはケイル君ね」


「え?」


「素でやっているなら恐ろしいな」


「エリス、余りうかうかはしてられないかもしれませんよ」


「私は別に……!?」


 またなんの話をしているのか分からなくなった。僕の寝ていた間の事柄についてだろうか。僕が意味を求めてエリス様の顔を見ると、エリス様は頬を赤くして顔を背けてしまった。


「それでは、身代わり役も決まったということで。手筈通り」


「はい。モルガレスへ行った後、アストラへ移動。その場でバルフ王にアルテの処刑を見届けさせます」


「あの……」


「どうしましたか、ケイル。疑問があるなら、なんなりと聞いて下さい」


「偽のアルテミーナ様を処刑した後は、本物のアルテミーナ様はどちらへ?」


 再び沈黙が訪れ、場の空気が重くなる。

 責任を背負うように、フローレンス様は声を発する。


「アルテには二度と表の舞台には上がらないよう、遠い地へ亡命させる手筈になっております」


「亡命……」


「エリスから、テルストロイの森を北上した先に、クロフテリアという、困っている人を決して見捨てない、心根の澄んだ方々が集う国があると聞きました。クロフテリアの領主様がマディスカルにいるとのことで、至急、使いを出して招待し、相談させて頂いた結果、受け入れてくれる事になったのです」


「クロフテリア……!? ……そんな、遠くまで」


「身代わりの事が気づかれれば、バルフ王は我々を信用しなくなるでしょう。そうなれば和平に向けた交渉は破綻します。万が一にも気取られぬよう、少なくとも魔王の討伐が済むまで、アルテには秘境の地で身を隠して貰うよりありません」


 困っている人を消して見捨てない、心根の澄んだ人たち。エリス様の紹介に偽りは無いが、正直、王族の生活に慣れた人が行って、満足できる生活環境はあそこにはない。エリス様が特別、順応性に長けていただけで、傷心のアルテミーナ様が適応出来るかどうか、心配になった。

 でも、そんな事を言ってもクロフテリアへの失礼になるし、僕が寝ている3週間の間に議論し合って決めたことを、やっと起きてきた僕が口を挟むのも気が引けて、そして、これといって良い代案がある訳でもないので、否定も肯定もせず、亡命作戦の手筈を記憶に留めた。


「エリス。ケイルは目覚めたばかりなのですから、一緒にお散歩でもしてきたらどうです?」


「そうですね。学園長への挨拶も、してこようかと思います。ではケイル」


「は、はい」


「じゃあ、私も……」


「あなたは偽造体ドールを操作する訓練に行きましょうねぇ」


「ええぇ〜!? そんなぁ〜!?」


「シェイル」


「はい」


 オーバス様が名を呼ぶと、了解したようにシェイル様が返事をする。オーバス様が部屋の外へ向かうと、シェイル様もそれに付いていこうとするから、思わず引き止めてしまう。


「あの、シェイル様はどちらへ」


「すまない、言ってなかったか。私の盾を、オーバス様が認めて下さってな。一時的に協力する事になったのだ」


「それって……」


「ああ、今は傭兵のようなものだが、騎士団に入団した。私は騎士になったんだ」


 オーバス様が開けた扉から光が漏れて、シェイル様の後ろが眩しくなる。信念を持って、盾の騎士を目指し続けてきた人は、晴れて本来の目標を達成した。その表情は何とも誇らしげで清々しく、僕は自分の事のように嬉しくなって自然と笑顔が溢れると、シェイル様も微笑んで、オーバス様を追って部屋を出ていった。そして、いやいやして僕に手を伸ばして助けを求めるミリィ様を掴んで、レイシア様も部屋を出ていった。


「使命や仕事も大事ですが、子孫を繁栄させなきゃ何の意味も無いことを、忘れてはいけませんよ、エリス。特にあなたの場合、相手は難攻不落のようだから」


「ハル姉様!? なにを!?」


「ふふ。良いから、あなたももう行きなさい」


「……失礼致します。ケイル、行きましょう」


「はい。し、失礼致します」


 メガネをクイと動かしながらハルネスティ様が意味深な事を言うと、エリス様は少し取り乱した様子を見せ、フローレンス様が先へ促すと、深呼吸を挟んで、僕を見ないように不自然な方を見ながら歩き出す。

 僕はフローレンス様とハルネスティ様に一回ずつお辞儀をして、エリス様の後をついて部屋を出た。

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