第145話 新しい服

「アルテミーナ様は国民に事情を説明して、謝罪もしたが、自責の念は拭えず、フローレンス様が王の座についてからは、ずっと自室に籠もっている」


「そんな……本当に悪いのは魔王ですよ」


「理屈はそうでも、納得できない事もある。それは国民も同じだ。徴兵や徴収が無くなって、安堵している人が大半だが、争いで命を失った親族たちは、今もまだ浮かばれない。死者が出たのは、マディスカルとの大きな違いだ」


「腐敗したり、焼失した死者は救えない。失ったものは、いくら謝っても、懺悔しても戻ってこない」


「エストランス王国、モルガレス公国、エルベントス共和国、マルティノス公国。我が国は西側諸国にも侵攻し、これらを制圧した。エルベントスとマルティノスは早々に降伏して、被害も最小限で免れたが、真っ向から戦いに挑んだエストラとモルガレス、彼らの死者数は、我が国民の死者数を大きく上回る。その怒りや、憎しみは計り知れない」


「東側の紛争に死者が一人も出なかったのは、本当に奇跡よね」


「はい。本当に」


 シェイル様はしみじみとミリィ様に言う。テルストロイやクロフテリア、騎士団がぶつかりあった争いの中で死者が出なかったのは、今にして思えば、まさに奇跡的な事だった。でもそれは、精霊様の声を聞き、頑なに死者を出さないように働きかけたエリス様がいたからで、紛争が起きれば死者が出る、そんな当たり前のことを忘れてしまいそうになる。


「魔王の目論みが負の感情を集めることにあるなら、私たちの当面の仕事は、火消し作業に務めることだ。だが、実情はどう和解に踏み込んで良いかも分からず、足踏みをしている。フローレンス様が王となってすぐ、侵攻は停止したが、今はまだ撤退はせず占領したままになっている」


「どうして。すぐに開放したほうが」


「人が殺されたんだ。殺人者が許してくれと言った所で、許す者などいやしない。開放されたその日に、剣を取ることもある。騎士団を撤退させるにしても、説明が必要だ。魔王や呪いを証明するには、エリス様が相手国に行って、精霊様の力を披露するしかない」


「エ、エリス様が……」


 確かに、シェイル様の言う通り、理屈は理解できても、大切な人を失った悲しみは簡単に受け入れられるものじゃない。今は制圧されているとは言え、エリス様が相手国に赴くのは、かなり危ないことだった。


「エリス様は自分が出向いて説得することは大いに賛成しているが、それには条件があって、その条件が満たされるまでは、国を出られないと言っておられた」


「条件……? なんですか、それは……」


 ため息を吐くミリィ様とシェイル様は、呆れた様子で僕を見ていた。


「お前の目が覚めるまでは、この場を離れられないと仰っていたのだ」


 僕が足手まとい過ぎて、全員が立ち往生している。ロイド様の言っていた言葉の端々が理解できるようになって、僕は気が気じゃなくなっていった。

 ノックをしてから、レイシア様が部屋へ入ってくる。


「ごめんなさい。まだ話してた?」


「い、いえ」


「ふっ。他の人に伝えるのは、もう少し後でも良かったかもしれないわね。ケイル君の事を伝えたら、エリス様が飛び起きたわ。今すぐ、会いたいそうよ」


 僕は紅茶を飲み干して、ベッドから出た。ベッドの中では何とも思わなかったけど、体重の全てを支えようとすると、多少、違和感がある。


「大丈夫?」


「え、ええ」


 微妙な挙動を見せる足取りにいち早く反応し、レイシア様が僕の手を取ってくれた。


「3週間眠りっぱなしで筋肉が衰えてるのよ。一応、色々とマッサージはしておいたけど、体がなれるまでは急に動いちゃだめよ」


「マッサージ?」


「絶対、いやらしい事してた」


「え!?」


「そう思うのは、ミリィがいやらしい事ばかり考えてるスケベだからよ」


「なっ!? 勝手なこと言わないでよ!」


「まぁ、欲が無かったといえば嘘になるわね。筋肉を維持するスキルなんて無いから、新しく術式を作るのも楽しかったし、作りたい服もあったから、ついでにケイル君の体、色々調べさせてもらったわ」


「つ、作りたい服……?」


 何を調べられたんだろうか。意味深な表情をするレイシア様が、途端に怖くなった。


「大丈夫、本当に何もしてないから。さぁ、行くわよ。それとも、手は繋いだままのほうが良いかしら?」


「い、いえ。自分で歩けます。ありがとうございました」


「どういたしまして」


 部屋を出ると、扉を開けてすぐ横に、二人の近衛騎士が

立っていた。潜入していた緊張感が抜けきれていないのか、黄金に輝くその豪華な鎧を見ると、【狩人の極意マースチェル】を発動していない自分にビビってしまう。


「「おはようございます!」」


「お、おはようございます……」


 兜の中で声をこもらせながら、背筋を正して大きく挨拶する騎士に困惑する。僕らを誘導するように、騎士の二人は一緒に前を歩いてる。僕がまた潜伏しないかどうか、警戒されてるんだろうか。


「王宮内にいる人は、みんな事情を知ってる。敬意を表してくれてるのよ」


 敬意。とても嬉しいけど、国宝を身に纏う国の精鋭に良くしてもらうのは、それはそれで緊張してくるから、我ながら平民意識が強くて情けなく思う。

 僕が居たのは4階の部屋で、階段を上がり5階の王の扉を過ぎた所で、壁にもたれかかって腕を組むロイド様の姿があった。


「ロイド様」


「なんだ?」


「あ、いや……。どうして、ここに……」


「気にするな」


 説明するつもりもないロイド様は、目を閉じて話を切る。廊下の途中で止まってたら疑問に思うはずなのに、ミリィ様たちが声を掛けないのをみると、なにかしらの事情がありそうだった。

 また先へ進むと、騎士は扉の前に止まる。


「エリスティーナ様。ケイル様をお連れしました」


「どうぞ」


 騎士によって厳かに扉が開けられる。入ってすぐ横にいたアルメロが会釈する。部屋の中にいたエリス様が椅子から立った所で、服を払っている仕草をしていた。

 揺れるスカートは白を基調としていて、銀色の髪を整えた姿は、王族にふさわしい気品に溢れていた。出会った時は身を隠すためにあえて庶民的な服を着て、マディスカルでは冒険者の服を買った。こうして高級そうな服を着ている姿を見ると、改めて王族なのだと実感して、二人で妙に畏まった空気を作った。


「おはようございます、ケイル。体の調子はどうですか?」


「お、おはようございます。体は、今のところ大丈夫です」


「そう。それは良かった」


 王族と庶民、二人の間には確かにその境界線があって、透明なガラス板でも挟んでいるようだった。共に長い旅をしてきて、仲良くなれた気がしたのに、この絢爛な場所が、エリス様をどこか遠くの人にしてしまう。


「そうだ! アルメロ、例の服を」


「かしこまりました。エリス様」


 僕が勝手に作った気まずい空気を切って、エリス様はアルメロに服と靴を持たせた。


「これは?」


「あなたの服です。どうぞ着て下さい」


 周りの笑顔に促され、隣の小さな部屋で渡された物を身に着けた。白い生地に鮮やかの青の刺繍で、見たこともないほど繊細で細かな魔法術式が施されている。堅苦しいくらいに品位があって、とても冒険に出かけるような服装じゃないけど、軽いし伸縮性もあって、機動性をひしひしと感じる。


「どうでしょうか」


「……」


「やっぱり、似合ってないですよね。これ……」


「似合ってる!」

「似合ってるわ!」

「似合っていますよ!」


 エリス様とミリィ様とレイシア様は、声を合わせて言う。


「なんか、どっかの国の王子様みたいね」


「王子様?」


「うん! 貴公子って感じ! とっても似合ってる」


「それは従者の服です。ケイルに似合うよう特別に作って頂きました」


「従者の服……」


「私も色々と手伝ったわ。【狩人の極意マースチェル】に反応して静音性能を上げるようにしたり、耐熱耐寒はもちろん、自動修復、自動回復とか色々つけておいたの。あとで詳しく説明するわ」


 細かく刺繍された術式を指でなぞるレイシア様。多種多様のスキルに満遍なく理解があるレイシア様は、魔法術式を掛け合わせて新たな術式を開発することに長けている。

 複雑な現象が服の上で起きているような気がするが、知恵の無い僕には理解できるはずもなかった。


「エリス様の冤罪は晴れて釈明されて、今は権威を取り戻した。ケイル、お前はれっきとした王族の従者になったんだ」


 シェイル様にそう言われると、改めて自分の立場が信じられないほど昇格していることを自覚していき、身震いがした。

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