第142話 混戦
片腕を失って焦ったのか、侵食を加速させる魔王は、アルテミーナ様の顔をさらに醜い姿に変え、髪の毛を魔力で操り、2つに束ねて先端を尖らせると、自身の両耳に突き刺した。
「な、なにを……!?」
《落ち着いて。貴女の声が届かないよう、遮断したのです》
急速に変色していく肌。片腕しかない分、余った魔力が偏り、右腕は丸太のように太くなる。もはや妹の原型は、左腕と着ていた服のみとなって、エリス様は怒りに目を見開く。
《怒りを鎮めて。負の感情は私の力を鈍らせます》
「そんなこと言われたって……無理に決まってるじゃありませんか。自分の妹があのような姿に変えられて、黙っていられるはずが……」
《アルテミーナ様の腕にある光が見えますか? あの浄化痕がある限り、魔王がアルテミーナ様を完全に取り込む事はできません。アルテミーナ様は必ず救い出せます。ですが、貴女が心を乱せば、助けることも難しくなります》
エリス様は深呼吸し、無理にでも心を落ち着かせようと努めた。
魔王は予備動作もなく【
毒針は僕の矢で全て射ち落としたが、魔王の突進は止められない。巨大化した腕で振り下ろされた剣は、放出する魔力も増え、強烈な重圧を持ってエリス様の剣に当たる。
「イマイマシイ光メ、消エ失セロ!」
「うっ!?」
「エリス様!?」
僕は【
何本と矢を放っても、まるで一本一本に目がついているかのように、髪の毛は迎撃装置となって増殖し続けている。
「アルテ! いい加減に目を覚ましやがれ!」
ロイド様が二人のあいだ目掛けて槍を投げると、変貌したアルテミーナ様の顔がグググとそちらを向き、顎の関節が外れるくらいに大きく開いた口から、紫色の光線が放たれる。光線は、槍を弾き飛ばし、ロイド様はどうにか右に転がって避け、強固であるはずの障壁魔法を裂いて城を焼いた。
ロイド様がアルテミーナ様の元へ走ると、魔王は毒針で迎え撃ち、僕は放つ矢でそれら毒針を撃墜する。拳で針を砕くつもりだったのか、それとも僕が射ち落とすと信じてくれていたのか、ロイド様は一向に走る速さを緩めなかった。
もう少しという所で、煙の中から飛び出してきたオーバス様がロイド様に立ちはだかる。
「邪魔するな! オーバス!」
ロイド様の右の拳をオーバス様は左手で受け止め、オーバス様が切断された右腕で殴ろうとすると、ロイド様は左手で受け止めた。
「いい加減にしろよ……テメェはもう負けただろうが」
決死の表情で押し合う二人。意志の強さを見せつけるかのように、ロイド様が少しずつオーバス様を押し動かしていく。
「クソ馬鹿野郎が、御呼びじゃねぇんだよ!」
苦しむエリス様の声にオーバス様は気を取られ、さらに押される。
僕は、もうアルテミーナ様の肩を奪うつもりで、本気の【
「俺だって、テメェの事は言えねぇ……あんなもんに踊らされてたアホだ。ついさっきまでそれを誤魔化して、テメェと張り合うことだけを真剣に考えてた大馬鹿野郎だ。だが、どういう事かも分かんねぇが、どんどん後悔が膨らんできやがる! 今このときだって、謝りてぇ奴が頭の中に浮かんできてしょうがねぇんだ! クソッタレが!」
自分を鼓舞するかのように、誰にも分かるはずのない心情を吐露しながら歯を食いしばるロイド様は、今一度、力を溜めてオーバス様を押す。
「テメェの筋金入りは尊敬してやっても良い……だが、良いのかよ。あのままエリスティーナがやられても……。アルテの呪いを解けるのは、アイツだけなんだぞ!」
「ううっ!?」
《エリスティーナ!》
「エリス様!?」
エリス様の肩を抉るように、魔王は手前に剣を引き、間髪入れずにまた上から剣を振り下ろす。
自力では上がらない肩でも、エリス様が改めて強い気持ちを持って魔王を睨むと、ティオの操作で防御の構えは出来たが、強烈な勢いで剣同士が当たると、エリス様は衝撃に耐えかねて膝をついた。
「オーバス!」
ここぞとばかりに、全体重を乗せる魔王。
エリス様は今にも押し潰されそうで、僕は形振り構わず矢を放つが、やはり禍々しい髪の毛が消失と再生を高速で繰り返し、邪魔してくる。
普通の矢で無理なら、もう白銀の矢を使うしかない。確実に当てるために、矢を弦につけたまま駆けた。
「オーバス!」
「あああああああ!」
オーバス様は雄叫びを上げると、魔王に走る。
禍々しい髪の毛が巻きついてくるが、それらを無視して前進し、邪悪なオーラを放つ魔王の剣を残った手で鷲掴みにした。手から血が出ても離さず、エリス様に加勢し続けた。
オーバス様に顔を向けた魔王は、光線を放つ時に見せた紫色の光を口の前に溜め始める。
「オーバス! 逃げて下さい!」
エリス様の叫びにも、オーバス様はその場を動かない。
僕が駆け寄ると、やはり髪の毛が体中に纏わり付いてくる。その髪の毛は毒を持っているのか、触れた皮膚が焼けるように熱くなり、縛り付けられる痛みが倍増する。
僕は精一杯に弦を引き、白銀の矢を魔王の口の前で凝縮する紫色の魔力の玉に放った。
悪の力と衝突すると、白銀の矢は強い光を放ち、全員の視界を真っ白にさせた。
「ウガガガガガガァ!」
魔王はよろけながら、後ろに下がり、僕とオーバス様は髪の毛の拘束を解かれた。エリス様は自身の左肩に手を置き、【
「オノレェ……ユルサン……。全員、ナブリ殺シニシテヤル」
急に動かなくなった魔王は、目から血を流して視力を失っていたようだった。
「抑え込むぞ!」
ロイド様の大きな声に反応して、魔王は剣を振り回す。人間の腕ではありえない方向に斬撃の軌道がある。関節を砕きながら回る腕からは、嫌な骨の音が聞こえる。
人間の体を玩具のように動かす魔王の本質に、心底、軽蔑の心を持った。
エリス様が光の剣を持って前に出て、振り回される魔王の剣を受け止める。
「おら! 行くぞ!」
ロイド様は髪の毛に向かって殴りかかり、わざと腕に巻き付かせると、グルングルンと遠心力で魔王を回し、最後には地面に叩きつけ、ねじれた髪の毛が再び暴れないよう、一括にして押さえつけた。
「申し訳ございません! 陛下!」
「ユルサン! 殺シテヤル! 殺ス殺ス殺ス殺ス殺スゥィギガガガギギギガガ!」
更に巨大化しようとする右腕をオーバス様が押さえつける。僕は片足ずつに25本の矢を放ち、地面へ釘付けにした。
《エリスティーナ。アルテミーナ様の心臓へ、剣を》
「……はい」
エリス様はアルテミーナ様の上に跨がり、光の剣を逆手に持つ。
「ごめんなさい、アルテ。でも、きっと直ぐに良くなるから……」
「やめて……姉様……」
ふと見ると、もはやどこが首かも分からないほど膨れ上がった紫色の皮膚に、幼さの残こる少女の顔があった。それは本来のアルテミーナ様の顔だった。
「その剣を刺したら、私は死んでしまいます」
《耳を傾けてはいけません。それは、魔王の声です》
「皆様は惑わされています。精霊を名乗るその光こそ、人間を支配しようとする悪魔なのです。私を殺して、この世界に混沌を生み出そうとしているのです」
涙を流すアルテミーナ様の顔。荒唐無稽な言葉は、明らかに魔王が作り出したデタラメだが、それでも実の妹の顔を目の前にすると、エリス様は躊躇する。
力を溜め込む魔王の右腕は次第に、片腕を失ったオーバス様の力では押さえ切れなくなっていく。数え切れないほどの矢を魔王の右腕に放ち、これ以上の巨大化を抑制させようとしたが、刺さった矢はすぐに溶けていき、時間が経てばやはり腕はどんどん太くなっていく。
「エリスティーナ様!」
「エリス様!」
「さっさと刺せ! エリスティーナ!」
エリス様は、アルテミーナ様の心臓に剣を刺した。
「アガガガアアガアアアギギギャァガガ!」
魔王の叫び声が響くと、濃い瘴気の煙が吹き出す。軽く吸っただけで全身の神経が揺らぎ、心臓が飛び跳ね、鼓動が狂う。
巨大化した紫色の皮膚は、剣が放つ清らかな光に崩され、煙となって消えていき、なかから黒い霧が出てくる。その黒い霧は、顔を浮かび上がらせて、地の底から響いてきているような叫び声を上げながら、凄い速さで空に逃げていく。
あれが憑依していた魔王だと、直感で分かった。
「に……逃さない! ここまでの事をしておいて……そんなの、許さない!」
僕はおぼつかない手付きで木の矢を取り、狙いを定めて黒い霧の中心に向かって放った。が、やはり普通の矢が効くはずもなく、少し霧を散らせた程度で、悪しき気配は暗い夜空の雲に同化していった。
体の倒れる音がする。見ると、オーバス様もロイド様も倒れていた。魔王が逃げるために撒いた毒煙を吸ったせいだろう。奥の手を隠しておいたのか、この毒は明らかに、今までのとは威力が違う。
体から力が抜けて倒れた僕を、エリス様が支えてくれた。良かった。エリス様にはこの毒は効いていないようだ。
虹色の光が見える。たぶん、毒を浄化してくれようとしてるんだろうけど、何故かすぐに良くならない。
エリス様は涙を流して何かを言っているが、音が聞こえない。皮膚の感触も、匂いもない。そして、視覚も徐々に失われ、真っ暗になった世界で、僕の意識は途切れた。
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