第141話 共闘

《アルテミーナ様の相手は、私達が致しましょう》


「ティオ様……?」


《エリスティーナ。【精霊の斬撃パディッシュ】を呼びなさい》


「パ、とはなんでしょうか……?」


 ティオの言葉を復唱すると、エリス様の目の前に、荘厳な光のオーラを纏ったクリスタルの剣が出現し、宙に浮いている。魔王がアルテミーナ様の血で染めた漆黒の剣とは正反対な、見ているだけで心が洗われるような、美しい剣だった。

 レイシア様の鑑定結果に見た時は、アクティブスキルの類かと思っていたが、特定の剣を呼び出すスキルだったとは思わなかった。


《持ってください。それは貴女の剣です》


「で、でも、私は剣の使い方も……」


《信頼し、体を任せて下されば、私が剣技の動作へ誘導します。必要なのは、やり遂げようとする勇気だけです。それが、私の力にもなります》


「アルテを……切るのですか?」


《その剣は悪しきものしか切れません。完全に融合していない今なら、アルテミーナ様の肉体を傷つけることはありません》 


 エリス様が決心して光の剣を持つと、柄から伸びる文様が、血管のように刀身を這い、脈を打って青白いオーラを放つ。


《集中して……私を体の中に入れる意識を強くお持ち下さい》


 より一層の強い光を発したエリス様は、手にした剣の感触を確かめるように、手首を返して軽快に剣を振る。体の周りで刃物が音を立てるのに、少し怖がっている表情を見ると、その動きはティオが操ってやっている事なんだと察しがつく。


「あの、デカブツをさっさと片付ける。精々、時間稼ぎでもしてろ」


 ロイド様はエリス様にそう言うと、石畳を強く蹴ってオーバス様に襲いかかった。よく見ると、その手には何も握られておらず、なんと素手で殴りかかっていた。穂と拳がぶつかり合う。それで手が切り落とされないか、普通は不安になるものだが、流石はロイド様の傍若無人っぷりだった。

 目にも留まらぬ速さで衝突を繰り返す両者は、庭園内のあっちやこっちで火花を散らす。ロイド様の力を正面に受けて平然としているオーバス様が凄いのか、オーバス様の槍を素手で対処しているロイド様が凄いのか、衝撃の音に身震いするばかりで、もはやよく分からない。

 ただ、呪いによって邪念に囚われていた頃とは違った、軽快な身のこなしを見ると、それが本来のロイド様の実力なのだろうと思った。

 オーバス様に向け木の矢を連射する。鎧を標的にした矢は、恐れることもない攻撃だが、槍の軌道を変えるくらいの威力はある。

 矢に翻弄されたオーバス様の一瞬の隙きに、ロイド様は殴打をねじ込んだ。体を曲げて飛ばされるオーバス様は、城の障壁魔法に当たって、草陰の向こうの地面に落ちていった。


 羽を残して僕を横切るエリス様は、魔王に向けて剣を振るう。交わった剣は、黒と白の光に境界をつくる。さっきまでは余裕の笑みを披露していた魔王の姿は、今はもう怒り狂った形相に変わっている。


「アルテ! 聞こえますか!?」


「黙れ!」


「自分の意思を取り戻して! 自分の体を好き勝手に使わせてはいけません!」


「黙れ黙れ黙れ黙れ黙れぇええ!」


 浄化の反応に抗う魔王は、少しでもエリス様の口を塞ごうと、理性の欠片もなく剣を振り回して暴れ狂う。力任せな剣筋は分かり易いということもあるが、それにしてもティオが操る剣は見事な太刀捌きだった。

 全身から針を浮き出せる例の初動を見た瞬間に、僕は木の矢を二本、指に挟んで身構える。


「【千本蛇毒ニルドラグ】!」


 毒の抜けた腕は速さを取り戻し、同時に放つ二本の矢で一秒に20本を放ち、さらに【二射一対クロスショット】を掛けることで、それら一本一本が二手に分かれ、一秒間に40本の矢が、ロイド様やエリス様、オーバス様に向かう毒針を射ち落としていった。


 翼を羽ばたかせて体を軽くさせたエリス様は魔王に駆けて、その左腕を切りつけた。斬撃は腕を切り落とすほど深くを通過したが、切断されたのは体内にあった呪いのみで、左腕の形をした黒い影が空気に浮いて、消えていった。


「グッ!? クググギギギ!」


 呪いが抜けた左腕は支配から開放されたようで、醜い怒りを剥き出しにした魔王は、左腕をだらりと垂らしていた。切られた部分を示すように、光の輪が腕に回っていて、それ以上先に呪いが進行しないようになっているのか、滲み出る黒いオーラが滞留して溢れていた。

 オーバス様は負傷したように見えるアルテミーナ様を守ろうと、エリス様に走る。これでもかというほどの木の矢の雨を降らせると、オーバス様は進路を変更して、僕の方へ向かってくる。

 僕は退避する気もなく【渾身の一撃パワーショット】を放つ用意をした。それは、こちらに駆け寄るロイド様が、オーバス様の槍を受け止めてくれると信じていたからだ。

 オーバス様は石突きを持って限界まで切っ先を伸ばして、なんとか僕に届かせようと突っ込んでくるが、ロイド様は側面から槍を殴り、僕は正面から【渾身の一撃パワーショット】を放った。

 鎧を凹ませ、来た道に飛ぶオーバス様。反動で手放した槍は天高く上がる。

 ロイド様とオーバス様は同時に跳んで、宙にある槍に手を伸ばす。先に手が届きそうなのは、身長が高いオーバス様だったが、僕は放った矢を槍に当て、ロイド様の方へ弾いた。


「ハッ!」


 騎士王の槍を手に入れたロイド様は、勝機を確信した笑みを浮かべる。なにしろ今は、空中で身動きの取れないオーバス様が武器も持たずいる。絶好のチャンス以外の何ものでもなかった。

 槍スキルなど持つはずのないロイド様は、力任せに槍をしならせて、防御の姿勢を取ったオーバス様の腕を切断しながら、肩に振り下ろす。肩当てまでは切断せず、鎧に付与されたスキルの魔法陣が浮かび上がっては砕け散り、火花を上げながら、その巨体は、歪んだ残像を残して地面に落ちていった。

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