第134話 脱出 ◇

 階段を上がり、牢獄の扉を開け、数日ぶりに地上に出る。心做しか空気が軽い。悠然と威厳を知らしめる絢爛な廊下を見ると、牢獄のとの格差を天と地ほどに感じ、俺が不味い飯を食っている間も、悠々と高級な食材を堪能していた奴がいると思うと、イライラがぶり返して来そうだった。


「あの、ロイド様……」


「あ? 何してる。早く来い」


 エリスティーナは牢獄の扉に身を隠して、辺りをキョロキョロと警戒している。脱獄に気づかれれば騒がれるが、あのクソ弓使いのようにコソコソと動き回るのは、俺の性に合わない。

 それに、アリッシュにポートにマイク、俺を止めるに値しそうな崇高なる勇者の末裔とやらは、全員発狂して牢屋にぶち込まれていた訳だし、ミリィたちが傭兵として雇われでもしてない限り、もはや騎士王以外に俺を止められるはずもないのだから、必要以上にビビることもない。

 そう思うと、窓を割って外へ出るのも卑屈な感じがする。逃げるなら玄関扉をぶち破って、堂々と外に出てやる。エリスティーナの心配など気にもせず、俺は城の出口に向かって、廊下の真ん中を歩いた。


「あ、あの……」


「なんだ?」


「これから、どうするのですか?」


「アルメロの話を聞いてなかったのか? お前を逃す。俺が逃げるついでにな」


 アルメロが俺を牢屋から出した条件は、エリスティーナを逃すこと。国内のどこに居ても追われ続けるのだから、亡命を果たせという意味だろう。

 此処を出ればオーバスが来る。俺一人ならまだしも、エリスティーナを抱えて騎士王の追撃から逃げ切るなど不可能だ。

 無謀と分かっていて、俺にそれをやらせる傲慢さは気に食わないが、策謀の魂胆を知りたいという思いもある。

 ある程度は茶番にも付き合うが、一向に説明する気配がないなら、アルメロの条件に従う必要もない、エリスティーナを森の中に捨てて、俺一人でも逃げ延びてしまおう。


「おい! そこで何をしている!?」


 王宮騎士たちが、ぞろぞろと群がってくる。俺の着る見窄らしい囚人服は、遠目からでも簡単に不審者と判別できる。地下に幽閉されていた囚人が、普通に廊下を歩いてたら、騒ぎになるのは当然だ。


「ロ、ロイド様……!?」


「お、おい! 至急、オーバス様を呼べ!」


 俺の顔を見た騎士たちは俄然、狼狽える。俺の腕に枷が付いてないのを見れば、自分たちが何をしようが止められない事は、すぐに察しがついたようだ。

 素足でも問題はないし、奴らのアーマーブーツは臭そうだ。鎧は装備する時間が惜しいし、調整しないものを着ると、いざという時、動作を邪魔されても敵わない。だが、騎士たちの腰についた剣には、時間を割いてでも手に入れる価値はありそうだ。


「おい、お前ら……その剣、よこしやがれ」


「くっ!?」


 コイツら上級騎士の鎧は、魔力の変換力に応じて硬くなる効果が付与されている。気合いを入れれば、それだけ硬質化する訳だが、指を弾く程度の力でも、尽く凹んで行くのだから、俺の力の前では紙切れも同然だ。十数人といた王宮騎士をぶっ飛ばし、ベルトと剣を奪った。敵わないと知りつつ、一歩も引かずに立ち向かって来るあたりは、流石は王宮騎士といったところか。

 幅10センチの一般的なものより少し太いブロードソード。刻印された魔法陣を見れば、耐久性向上、耐火性向上、軽量化、自動研磨の付与がされていると分かる。悪くない。だが、俺が本気で振れば、すぐに折れるだろう。やはり自前の大剣でなければ心許ないが、今はどこに持って行かれたのかも分からないし、探している時間もない。


「【精霊の祈りアテナス】」


 エリスティーナは床に散らばった騎士たちに、暖かい光を向けている。


「何してる」


「治療です」


「お前は馬鹿か? 放っておいても、誰かが助ける」


「そうだったとしても、これはやり過ぎです。貴方様なら、もう少し手加減もできたはず」


「ふん。なに甘いこと言ってやがる。敵に同情して逃げ切れると思ってるのか」


「ケイルなら、逃げ切れます」


「あぁ!? だったら、テメェの大好きな従者様に逃してもらえ! どうせ俺は、自分が逃げるだけで精一杯だからよ!」


 エリスティーナは俺の方を見向きもせず、俺たちを捕まえようとした騎士の治療を続けている。こんなお人好しだから、簡単に人に騙される。真っ当に生きているつもりなんだろうが、コイツの慈悲は異常だ。


「さっさと立て」


 悪態をついても、本当に置いていったらエリスティーナの意思に負けるような気がして、もう無理矢理にでも連れて行こうと決めた。今後、負傷者を出して、コイツが治療したいと言っても、絶対に聞く耳は持たない。


「あの、ロイド様」


「なんだ」


「アルテの元へ、向かうことは出来ませんか?」


「話にならねぇな」


「お願いします! ロイド様!」


「せっかく牢屋から出たのに、なぜまた捕まりに行くようなことをしなきゃならない。気でも触れたか」


 話を無視して先を歩くが、エリスティーナは俺の前に先回りして、生意気な目で睨む。


「私は、どうしてもアルテの元へ向かわねばならないのです」


「黙れ!」


「わぁ!?」


 エリスティーナを担ぎ上げ、文句を言わせないよう、わざと大袈裟に飛び上がって走る。城の玄関扉は、入ってくる者を威圧するため

、無駄にデカい。何重もの障壁魔法を張り巡らせ施錠しているが、さて、俺の殴りに何発耐えられるか。

 エリスティーナを抱えたまま、拳に魔力を込め、殴りつける。幾重に重なった扉の障壁魔法は一発で全て貫通した。扉から出ると、頭上に魔力の流れを感じる。衝撃で城の防御魔法が発動したんだろう、外壁を包み込むように上から紫色のオーラが落ちてくるのが見えた。

 扉の向こうに広がる王宮の庭園には、門番を任せられた騎士たちが数十人、槍を持って待ち構えていた。


「雑魚どもがうじゃうじゃと……」


「止まれ! さもなくば……」


「どうするってんだよ……? あぁ!?」


「くっ……!? ぜ、全員、攻撃を開始しろ! 躊躇するな!」


 俺の威圧に怖気付いた一人が、無遠慮な号令を出すと、槍を持った騎士たちは、【火炎衝撃突フレイムトーム】や【水円覇斬アクリスラッシュ】やら、各々が得意とする魔法の斬撃を一斉に放つ。

 圧倒的な強者に敵うのは、数による暴力のみ。それを、自惚れることのない立派な王宮騎士様たちは、ちゃんと分かっている。

 面白い。ならばこちらも全力でいかなきゃ、失礼に当たるってもんだろう。


「ダメですよ、ロイド様!? 手加減はして下さい!」


「チッ……」


 足をばたつかせ、俺の肩でケツを振るお荷物が水をさすせいで、興がそがれた。

 斬撃を押し返す程度の殴りで、騎士たちは強風で簡単に吹っ飛ばされた。

 門から出ようと庭園を歩く最中、諦めの悪い騎士たちが戻ってきて、俺の行手を阻んだが、散り散りに寄ってくる雑魚は拳の風圧だけで事足りた。

 王宮の敷地を抜け出し、王都の中に紛れ込む。屋根から屋根へ飛び移り、街を囲む城壁を目指す。追っ手に包囲されるようなら、騎士王に先回りされるようなら、門に頼らず、拳で壁を壊して出るしかない。10メートルはあろうかという分厚い壁を、俺の拳でぶっ壊す。考えただけでもワクワクしてくる。俺にはもう、失うものは何もない。なら、好き勝手に暴れてやるさ。


「あ、あの、ロイド様! そろそろ、下ろして頂けないでしょうか!」


「もう余計な事は言わねぇと、約束できるか!?」


「それは、約束できません!」


「なら、下ろしてやらん!」


「ですが! 呪いの事はお話しできます」


 呪い……。牢屋でミアとかいう女も言っていた。二度、三度とはぐらかされた言葉を出されると、屋根の上で自然と足が止まる。


「話せ」


「下ろしてくれたら、お話しします」


「話したら、下ろしてやる」


「貴方様という人は、呪いに関係なく意地悪な方なのですか?」


「ああ、そのようだな。だったらテメェのケツを叩いて、泣きながら言わせてやろう」


「待ってください! 死んでしまいますよ!?」


「手加減くらいはしてやるさ。まぁ、二、三日は座れなくなるだろがな」


「……分かりました。このまま話します」


 ようやく立場を弁えたエリスティーナは観念した様子で、ため息と共に気落ちした体重を預けたまま、話し始める。

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