第129話 百発百中
ミアと僕は立ち位置を左右に譲り合い、恐る恐る開けた扉の隙間から、奥を見る。
「ミアさんは、中に入った事は?」
「あるわけ無いですよ。扉の隙間を覗くのだって禁止されてます」
照明が消され、中は真っ暗。廊下からの差し込む光が少し伸びたところで、階段を登ってカクカクと曲がる。王族しか立ち入らないのに、目の前の階段は30人が横に並んでも肩がぶつからない程大きい。
暗がりの中に、無数の気配を感じる。人ではないが、確かに存在を、妙な視線を感じる。
「通路には二つの罠があり、王族以外の方が通ると必ず発動いたします」
「罠……」
「解除する事は?」
「罠は王族以外を感知すると、自動的に攻撃してきます。陛下の協力が無ければ、労なく解除する事はできません。壊すよりないでしょう」
後ろにいるアルメロは、淡々と話す。
「一つ目の罠は
いきなり恐ろしいことを言われ、息を飲んで、もう一度扉の奥を確認する。
「攻略するには、侵入者を感知する
「目玉のついた球体を、全て射抜けば良いんですね?」
「はい」
「全部で何個くらいですか」
「300体です」
「300体……」
「はい。300体です。しかも
「……なんか、ちょっと楽しそうに言ってません?」
「貴方なら、きっと突破できると信じているのですよ」
「それで、二つ目の罠は」
「まずは一つ目をこなしましょう。罠が二つ同時に発動する事はありません」
罠があると分かっていて踏み込むのは、物凄く怖い。与えられた課題は、力ではなく、命中力を試されるものだ。僕ならきっと、やれるだろう。そう信じよう。
一つ大きく息を吐いて、僕は扉を全開にして中へ入った。
自動的に炎が灯り、照明で階段は明るくなる。四方八方から、皮膚がくっついたり離れたりするような音が鳴る。見渡すと、壁に張り付いていた無数の
石をどかした瞬間に虫がざわざわと動き出すように、全ての
「バチバチ」という音を立て、壁から100や200の電気の剣が生成され、僕目掛けて飛んでくる。
床にも保護魔法が仕込まれているのか、刺さった雷撃の剣は、何の傷も残さず放電していく。
命中力は僕の専売特許。それは相手の命中確率を把握する力にも及ぶ。どの角度で、どのくらいの速さで、魔力による誘導の形跡を観察すれば、大体どこに攻撃が到達するかは感覚で分かる。
幸いなことに、
「す、すごい……全部避けてる」
ミアの感心した声が聞こえ、手伝っては頂けないのかと思うと同時に、我ながら冷静でいる自分に驚く。思い出すのはオーバス様の影。オーバス様に比べれば、対処できない事はないと、無意識にそう思っている。
うじゃうじゃと飛び回る
1秒に3本の木の矢を放ち、一つ一つ丁寧に
第一の関門が無くなって、ミアもアルメロも入ってくる。アルメロは倒れた近衛兵を魔力で浮かせて中へ入れると、王の扉を閉め、内側から結界らしい障壁を作り鍵をかけた。
「やっぱり凄い人だったんですね! ケイルさん!」
「百発百中の腕前。貴方なら、砂粒の一つも見逃さずに射抜けるのでしょうね」
「いや……それ程でも……。次の罠はどこに?」
「階段を登ったところでございます」
素直に褒められることも少ないので、慣れない謙遜もほどぼとに、僕は先を急かす。階段を登り切る手前で、アルメロは姿勢を低くし、頭だけを出して先を覗くよう言った。
階段の先にはこれまた一際、大きな廊下が続いていた。目線が床にあるから、ただでさえ高い天井がさらに高く、迫力が増している。
一階にあった廊下くらいに、ものすごく奥行きを感じるが、上に行くほど細くなっている城の構造上、上階でこんなに長く廊下が伸びる事はありえない。空間を歪めて長い廊下を押し込めているのかと思ったが、目を凝らすと、奥には床から目だけを出してこちらを睨む僕が居た。高い天井を持つ突き当たりの壁は、全面が鏡になっていた。
「あの鏡には【
「人を、複製する?」
「はい。ここを通る者は、自分自身と戦うことを強いられます。己に勝てた者だけに、先へ進む道が開かれるのです」
「鏡を割る事は……」
「あの鏡は全ての力を跳ね返す、言わば幻影。鏡を攻撃しても意味はありません。複製の己に打ち勝てば、自ずと消えてしまうものです」
「煙で姿を隠す事は?」
「暗闇の中でも、あの鏡は人の姿だけを捉えます。誤魔化すのは不可能でしょう」
「流石はアルメロ様、王の扉の先は、どの魔導書にも記されてないのに、お詳しいのですね」
「私が作った罠ですから。それはもう最高傑作で、誰にも仕組みを教えたくなかったものですから、情報漏洩を防ぐ名目で、どの魔導書にも書かないでおきました」
僕とミアはアルメロを見たが、アルメロがこちらを向く事はなかった。王を守るための設備であり、王族だけが通れる道を徹底し、士官として忠実な仕事をしただけなのだから、責めるつもりも毛頭ないが、やはり自分で作った罠なら、自分で解除できる方法くらい用意して欲しかったと思わずにはいられなかった。
「私は魔力が少ない状態ですし、ミアさんは戦闘に長けている訳ではありません。我々では、きっと己に勝つ事は出来ないでしょう。ここからはケイルさん、お一人で先へと進んで下さい」
「……そうですか。わかりました」
「ミアさん、ケイルさんに魔力を」
「そ、そうですね!」
ミアは僕の手を両手で包み、【
「あまりお手伝い出来なくて、ごめんなさい」
「何を……。扉を開けて下さっただけで大助かりでした。信じて貰えて、嬉しかったです。魔力も、ありがとうございました」
「どうか、アルテミーナ様を……」
「はい、必ず」
魔力を受け取った後も、しばらく手を離さないミアの目は、心の底から健闘を願っているようで、分けて貰った魔力とは別に、僕へ力を届けてくれた。
止まっていても、先に進めるはずも無い。ミアの手から離れ、僕は意を決して階段を登り、鏡に全身を映した。
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