第125話 悲運

「貴方には全てをお話しします」


「ええ。その方がよろしいかと」


 僕はアルメロにも魔王の存在や呪いの特性、エリス様に宿る精霊の力を説明した。


「そうですか。エリス様はとうとう精霊様の力を……」


「とうとう、というとアルメロ様は精霊の存在をご存知だったのですか?」


「全てはオルター様の受け売りですがね」


「学園長の?」


「これはごく限られた人しか知らぬ事でしたが、エリス様が生まれてすぐ、背中に紋様が刻まれている事に気づきました」


「エリス様の背中に?」


「はい。それは、かつて魔王を倒した勇者パーティに居た、精霊様を宿す女性の白魔道士、エリシア様の背中にも刻まれていたものだと、オルター様に教えて頂いたのです。それで、もしかしたらと思い至り、鑑定をしたところ……」


「【|精霊の恩恵(アウディーティオ)】……」


 僕が口を挟むと、アルメロは微笑む。


「……その通り。精霊様が宿っている証拠を見つけました。どこでそれを?」


「レイシア様の鑑定スキルで」


「なるほど」


「しかし、それほど前から精霊の存在が知れていたのに、なぜ呪いの対処はできなかったのでしょうか」


「オルター様も呪いの事についてはお話になりませんでした。おそらく、呪いは魔王が復活を目論むために作った、新たな魔術なのでしょう」


「どの魔導書にも記述が無いのはどうしてなのですか?」


「精霊様には闇を引き寄せるという特徴があるらしく、精霊様の存在を記述した物は、みな悉く消失してしまうそうです」


 新たな情報を手に入れたミアは、少し興奮気味で質問を並べた。ここら辺は、同じく知力の高いレイシア様に似ている。覚える事に飽いた秀才は、みんな知識欲の塊になっているんだろうか。


「呪いの根源と言いますか、何処から蔓延したのか、アルメロ様は見当がつきますか?」


「いえ、それは全く。しかし、今にして思えばあれが最初の……」


「なんです? 教えてください」


 ミアが捲し立てるように質問攻めにすると、アルメロは視線を落とし、物悲しい表情をする。


「エリス様の母親。今は亡き王妃の事を知っていますか?」


「王妃アルーナは、確か14年前にサルハス村へ避暑中の際に、溶岩魔獣のヴェルメタースの出現に遭遇して、運悪く身体を焼失させてしまったと……まさか……」


「はい。アルーナ様は魔物に殺されたのではありません。前国王のように未知の病いに倒れ、息を引き取ったのです。病を理由にすれば、誰かの暗躍を疑う者も出ると、前国王は悲運な事故であったと国民に報告しました」


 エリス様の母が、呪いの最初の犠牲者かも知れない。ともすれば呪いは14年も前から存在していた事になる。王族や身分の高い人ばかり呪いの感染が顕著なのは、より周りに影響力があり、負の感情を増長させるのに適しているからだろうか。ゆっくり、ゆっくりと人間の世界に浸食し、存在を隠し続けていたのだろう。

 それもまた、精霊が闇を引き寄せた結果なんだろうか、それとも王妃は亡くなる数年前から呪いを患っていて、その気配を感じてティオはエリス様を守るために、宿る事を決めたんだろうか。光あるところに闇があるのか、闇があるところに光が訪れるのか、二つで一つの存在は、原因の所在を分かり難くさせる。それも踏まえて、ティオにはよくよく話を聞かないといけないな。


「ロレッタ様は必死に前国王の病を治そうと尽力しておられました。アルーナ様と同様の症状だったのなら、なぜ、前国王が苦しんでいる時に、それを話しては下さらなかったのですか?」


「……それは、アルバート様から直々に隠すように言われたからです」


「前国王が?」


「国民に要らぬ不安を与えぬよう、王妃と同じように自分の死も事故に見せかるようにと……」


「……ですが、実際には……」


「はい。アルテミーナ様は病であることを国民に知らしめ、それがテルストロイが企てた暗殺だったと、ひいては西側諸国もそれに加担していたと扇動しました。争いが起き、アルバート様の危惧していた事が現実となってしまった。その狂気の沙汰も、今だからこそ呪いが負の感情を伝染させようと、働いていたのだと分かります」


「精霊様は呪いを浄化する力があったのですよね。何故、両陛下が亡くなる前に力を貸しては下さらなかったのでしょう」


「憑依魔法もそうですが、思念の力を使役するには、熟練に時間が掛かるもの。陛下が亡くなる前に、エリス様にその力が無かったのは、悲運だったとしか言いようがありません」


「……フローレンス様とハルネスティ様は一体どちらへ? 何故、アルテミーナ様に王位を譲られたのですか? 王の間から出て来られないのは、お二人も呪いに掛かってしまっているからなのでしょうか?」


 ミアは今まで気になっても畏れ多くて聞けなかった疑問を、ここぞとばかり問う。


「それは私にも分かりません。フローレンス様だけは降りてきて、2人分の食事を持って王の間へ戻られます。何故ここ2、3ヶ月、引きこもられるようになったのか、事情を聞いても話しては貰えませんでした」


「それなら、エリス様から聞いたことが。フローレンス様はアルテミーナ様に心臓を奪われ逆らえず、ハルネスティ様は催眠に惑わされ部屋から出てこれないと」


「なんと……そんなことが……」


 アルメロはことさら肩を落として、自分の情けなさに落胆する。


「50年と王宮に仕えてきたというのに、そんな事にも気づかずに、私はアルテミーナ様の従者として忙しく働いていたのか……。全く、呆れてしまう」


「それは士官全員に言える話です。王の間は堅固な守りの盾と思っていましたが、盾の内側に脅威が蔓延していると、逆に助けを阻む盾にもなってしまう」


「然り。あの障壁は今すぐ取り払ってしまった方が良いですね。それで、ミアさん。貴女も手伝うと決めたのですか?」


「……エリスティーナ様から直接お話を伺ってから、決めようと思って……」


「ふふ。冷静に判断する心掛けはよろしいことです。では私も一緒にエリス様の元へ参りましょう」


 部屋を出たミアとアルメロは、地下の牢屋に囚われたエリス様の元へ向かう。何かと騒々しく廊下を行き来する今日に、近衛兵たちの怪訝そうな態度が思い浮かぶ。

 一人で待っている間は、ミアとアルメロが僕のことを誰かにバラして、今にも騎士たちが大挙して此処に押し寄せてくるんじゃ無いかと不安になった。2人を信じてない訳じゃないのに、万が一を考える僕の警戒心は休むことを知らない。ミアにとっては主君に逆らう危険性よりも、僕を捕まえる方が無難な功績だ。ミアが自分や家族のために、僕を裏切っても文句は言えない。

 15分ほど経って、駆ける音が近づいてくる。ノックも無く扉が開かれた時は緊張が走ったが、息を乱して部屋に入ってきた来たミアは、誰を連れてくる事もなく一人だった。

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