第124話 説明
「レイシア様はずっとミアさんのことを追いかけていたんです。習得の難しい、情報量の多い魔法も、ミアさんが覚えられたのなら自分も覚えられると言って、魔導書に齧り付いてました」
「ふふ。あのレイシア様がそんな事を。幼い頃だったとはいえ、至高の叡智に一時でも目標にされていたのなら、これほど光栄な事はありません」
小さな蝋燭を頼りに、僕らは学園時代の話で和んだ。
「いったい、エリスティーナ様の目的はなんなのですか?」
本題をいつ切り出そうかと、どうにか話の流れで誘導できないかと思っていたら、歩み寄って来たのはミアの方からだった。僕は弓しか使えない、弓バカだ。ミアの知力なら、レイシア様のように様々なスキルを習得しているだろうし、協力して貰えるなら、これほど頼りになる人はいない。
ミアは傲慢な態度や、自分の事ばかり考える視野の狭い人ではない。もし協力を断られても、黙っている事はしてくれると思う。僕は藁にもすがる想いで、ミアに相談すると決めた。
「突然と怒りだしたり、強く人を憎んだり、些細なことで豹変したりする人が、この国でも多発していると思います。先程の女性のように」
「……はい。そのような症状の方々が、王宮に留まらず、国中で確認されています。私も責任ある立場として、解決に向け調査に尽力しています。最初は病の類かと思い、魔導書にある全ての回復魔法を使って、治療を試みましたが、これといった反応も無く。今は未知の呪いであると断定して調査しています」
ミアは机の方へ歩くと、そこに広げてあった大きな本を回して、僕が読みやすい位置に押した。そこには同様の症状を見せる患者一人一人の性格の変化や、体重の変化、能力値の変化など、調査に役立ちそうな情報が事細かく記されていた。擦り切れた表紙、インクで汚れた机を見ると、夜遅くまで一人でずっと資料と対峙していたミアの姿が思い浮かぶ。
「過度な症状を見せる人へ呪いに効く浄化魔法を全て試しましたが、これといった効果は認められませんでした。でも、特定の地域の方たち限定で、無作為に浄化の魔法を掛けたところ、その地域だけ、発症する人の数が相対的に減ったんです。一定の浄化の効力はあった。だから呪いの類であることは確かだと思っています。私が思うに、軽度の呪いは解除できるけど、重症化すると既存の浄化魔法が効かなくなるのではないかと思っています。そして、呪いが原因だとすると、早急に調べなきゃいけない事もあって……」
「調べなきゃいけないこと?」
「病は誰の故意もない場所からやって来ますが、呪いには症状を誘発させようとする誰かの意思があります。これが呪いなら、誰が発動させているのか。アストラ、モルガレス、ユラベントラ、ハルゲン、テルストロイ。我が国が宣戦布告した国は多く有ります。もしかしたら、その国の誰かが報復に使っているのかもしれません。呪いを食い止めるには、術者の特定を急がなくてはいけないんです」
既に答えを導き出しつつあるミアの説明に、僕の息が少し止まった。時に本をめくり、時に指で示しながら、理路整然と、自分の力を信じて話すミアは、学園時代に遠くで見ていた先輩のまま、敬意を抱くに値する存在だった。
「特に戦場に赴いた騎士の方々に、呪いの症状が顕著に現れてるみたいなのですが、戦場で調査する訳にもいかず、今は足踏み状態です。戦火が下火になったら現地に行くつもりですが、それまでの間は出来る範囲で調査を続けようと思っています」
「その必要はありません」
「え……?」
この人になら話しても良い。きっと信じる筈だ。
「実は、エリス様には精霊様の声を聞き届ける力があるんです」
「精霊様……? 伝承に聞く御伽噺のですか?」
「かつて勇者に倒された魔王が復活を目論み、人々に呪いを解き放った。その呪いは、人の憎悪や不安を駆り立て、魔王は人の負の感情を糧に力を得る。精霊様はそう教えてくれたんです。精霊様は呪いのことを【
ミアは目を丸くして、しばらくの間、時が止まったように僕の顔をじっと見ていた。動揺を隠せないミアは、抜けそうになった腰を落ち着かせようと、椅子に体を預ける。膝を机につき、額に手を当て頭を支え、眉間に皺を寄せた。
「【
「アルテミーナ様もその呪い侵されている状態です。呪いに苛まれた者は嫉妬や恨みに駆られ、周りに呪いを振り撒きながら争いを求めます。争いが起きれば憎しみは増え、またそれが争いを生む。人間の負の感情を集める事がこの呪いの役割であり、魔王の目的なんです」
国王の独裁に恐れながらも、少なからずその予感は持っていたのか、真実を聞いたミアは一つ息を飲んで、大きく溜め息を吐いた後、「やっぱり、そうなのね」と小さく呟いた。
「魔王の呪いを完全に取り除けるのは、エリス様に宿る精霊様の力だけです」
僕は矢筒から浄化の矢を取り出し、ミアに見せる。
「この矢は精霊様の浄化の力を付与した特別な矢です。これをアルテミーナ様に射る事が出来れば、呪いも浄化できる……はずです」
「はず……って……」
「試した事がないので確証はありません」
国王に矢を放つ。自分で聞いてても改めて物騒な話になり、ミアは少し恐れた呼吸をした。
「このままエリス様の命が奪われ、精霊様の力を失えば、呪いを克服する術が無くなってしまいます。アルテミーナ様の呪いを解く、手助けをして頂けませんか」
「私に、暗殺の手伝いをしろというのですか?」
「暗殺って……決して命を奪ったりはしませんよ」
「でも、矢で射ると……」
「腕や足なら、致命傷にはなりません」
「……協力というのは具体的になにを」
「アルテミーナ様の元へ行けるよう、取り計らって貰いたいんです」
「……すみませんが、貴方の言葉だけでは信用する事はできません。エリスティーナ様に話を伺ってから、協力するかどうかを決めさせて下さい」
百歩譲って僕の言葉が本当だとして、国を救うため、アルテミーナ様を助けるためとして、どんな事情を並べ立てようとも、王に矢を放つ行為は反逆以外のなにものでもない。全てが呪いのせいだと理解されたとしても、全くの無罪で済むかどうか分からなかった。
協力すれば、もしも失敗したら、仕事を追
われるどころか、牢屋に入れられるだけじゃなく、王の命を狙ったと知れれば、家族の命まで危うくなるかもしれない。
長く思い悩んだミアの返答に、僕は懸命な判断だと頷いた。
「すぐに戻ります。待っていてください」
扉を開けると、そこにはアルメロが立っていた。廊下に気配を感じなかった僕は完全に油断していて、アルメロが居ると分かった後に【|狩人の極意(マースチェル)】を発動させ、気配を消した。悲鳴を上げそうになったミアは、自分の口を押さえて、一拍おいて「わー!?」と叫んだ。
「どどど、どうしてアルメロ様が……?」
「ロレッタが騒ぎを起こしたと聞きましてな、慌てて飛んできたのでございます」
「そ、そうだったのですか。わざわざ、あ、ありがとうございます」
「何やら話していたようですが、中にどなたかいらっしゃるのですか?」
「……い、いえ……誰も……いないです」
後ろを振り返ったミアは、僕が見えない事を確認して、何とも分かりやすく誤魔化した。知力はあっても、演技力は壊滅的である。
「ふふ。貴女は本当に嘘が苦手ですね。しかし、だからこそ官長に推薦した甲斐があるというもの」
「な、何の話でしょうか?」
「……今さら隠れる事もないでしょう。それとも、本気で見つけて差し上げないと、出て来れませんか?」
城に入る前から、この人には既にバレていた。確かに、今さら隠れても意味はない。僕は観念して、【|狩人の極意(マースチェル)】を解いた。
「ほう。思っていたより、お優しそうな御方ですね。エリス様が好まれるのも分かる。私の名は、アルメロと申します。前国王が子供の頃からこの王宮に仕える魔導士。今はアルテミーナ様の従者を務めております」
「ぼ、僕はケイルと言います」
アルメロは蓄えた髭を触りながら、嬉しそうに笑う。
「して、もう動かれるのですかな。何とも決断力のある御方だ。ここで会えたのも、運命というもの。このアルメロも、微力ながらご協力させて頂きます」
何もかもがお見通しといった口調で、アルメロは問う。ミアは困った顔で、僕の応えを待った。
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