第121話 扉

「アルメロ、どういうつもりだ?」


「どう、と申されますと?」


「私が指示した時、何故すぐに動かなかった」


「申し訳ございません。何分、歳でして。咄嗟の事となると、動きが鈍くなってしまって」


 エリス様の口を塞ぐよう命令された時、アルメロは動かなかった。言い訳に終始するが、実際のところはエリス様が何かをしてくれるはずと、期待して動けなかったのだろう。


「……ふん。そんな役立たずになるなら、歳はとりたくないものだな」


「全くでございます」


「まさかとは思うが、お前まで私に歯向かおうとしてる訳じゃないだろうな。アリッシュも、ポートも、マイクも、私の従者になった者は皆、裏切り者になる。今にして思えば、勇者の末裔というのも、嘘だったに違いあるまい」


「滅相もございません。この老人に、そのような野心がある筈ございません」


「……アルメロ、裏切ったら、お前も容赦なく牢屋に入れるからな。お前は勇者の末裔じゃないが、特別に私の従者にしてやったのだ。その事に感謝し、名誉に相応しい働きを見せろ」


「はい。肝に銘じておきます」


 詰め寄っても、余裕綽々といった感じでゆったりと喋るアルメロに腹を立てたアルテミーナ様は、さらに脅しをかけたが、歳を重ねた経験がものをいうのか、アルメロは臆する気配もなく微笑んで頭を下げた。

 アルメロがアルテミーナ様の従者なのか。魔法に長けているとはいえ、歳を取り過ぎている。アルテミーナ様についた従者が、ことごとく裏切り者になって、残ったのがアルメロしか居なかったんだろう。監獄の中にいた誰かが、従者だったのだとしたら、全員がアルテミーナ様の呪いに当てられ、伝染してしまったんだ。

 エリス様が命乞いする事でも期待していたのか、予想が外れた王は不貞腐れ、実の姉に死刑宣告したというのに、なんの悪びれる様子もなく、「飽きた」と言って席を立った。


「お待ちください。アルテ様」


「なんだ?」


「城内の防犯設備に些か不安点が」


「ん?」


「城の外壁には魔力感知が施されておりますが、今のままでは精度に問題が。それに城内に張り巡らせた罠も、まだまだ威力が弱い。陛下の安全をより強固なものにするために、今一度、改良させては頂けないでしょうか」


「……必要ない。今さら誰が私の命を狙うと言うのだ。エストラか? モルガレス? 二つとも制圧した。もはや私に逆らえる国など、世界のどこにも無い」


「ほんの少しの間、魔力感知を切らせて頂ければ、すぐにでも改良できるのですが」


「必要ないと言っている! それとも、今すぐに牢屋へ入りたいのか、アルメロ」


「い、いえ……」


「お前は絞首台の準備でもしておれ。私はもう寝る」


 アルテミーナ様が呪いに掛かっているから必要以上にイライラするわけだが、そうでなかったとしても、アルメロの唐突な申し出は要領を得ないから、誰が聞いても首を傾げただろう。でもきっとアルメロは、僕に罠の存在を知らせようとしたんだと思う。おかげで、罠を警戒する心が引き締まった。

 アルテミーナ様は近衛兵に囲まれながら上階へ向かう。とりあえず彼らが通る道には、罠は無いだろうから、その後を離れずについて行った。

 5階の廊下を歩いていると、白を基調とした壁が、意味深な紋様の入った壁画に変わる。魔法陣とも違うように見えるけど、それでも、物々しい気配から察するに、これにも仕掛けがあるんだろう。

 壁画の中央には両扉があって、エリス様が取っ手に触れると、壁画の紋様が扉から端の方へ脈を打つように光り、重い閂が「ガチャリ」と音を立てて動いた。両扉の奥は階段になっており、アルテミーナ様は近衛兵を置いて、一人で登っていった。扉が閉まると、今度は端の方から扉に向けて脈打つように紋様が光り、また重そうな閂を動かした。

 近衛兵の後ろをついて行っていたので、アルテミーナ様と同時に扉を潜ることが出来なかった。

 おそらくこの扉が上階に続く唯一の道なんだろう。そう考えると厳かな壁画にも納得できる。ここから先は、選ばれし者しか入室できない。それを表している。

 近衛兵は二人の見張りを残して、後は引き返して行った。自分の影を隠す場所がなくなり、僕は照明の真下に立って誤魔化した。

 さて、どうするか。目の前の扉は見るからに堅そうだし、見張りも居る。見張りを気絶させて、扉が開かなかったじゃ意味がない。

 別のルートは、本当にないんだろうか。

 僕はなるべく影が目立たないよう、壁に沿って歩きながら、紋様の扉を通り過ぎた。紋様の壁画が終わると、幾つかの扉がある。中に人がいるかも分からないので、どの扉を開けようかと悩んでいると、突き当たりまできてしまった。

 どれが正解なんて分かるはずも無いので、目の前の突き当たりの扉を小さくノックする。


「はい」


 ついてない。中から女性の声が聞こえてきた。


「はい、どうぞ。……どうぞ」


 僕は咄嗟に廊下の隅に移動したが、中にいる女性はすぐに出る様子もなく、返事を何回かした後、椅子から立ち上がった音がした。


「はい」


 扉を少し開けて廊下を覗くのは、金色の髪を後ろで束ね、眼鏡を掛けた知的そうな女性だった。顔を出しても何の音沙汰もないので、女性は体を全て部屋から出して、誰も居ない廊下をキョトンとして見ていた。


「気のせい? そ、それとも……ゴーストとか? じゃなきゃ、他の思念系の魔物? リングリッドが誇る障壁魔法も、それだけは防げないからなぁ。魔除けの術とか、書棚にあったかなぁ」


 女性は勝手にノックの音を誤解して、寒気がした腕をさすっていた。薄く開いた扉からは、温かい光が溢れている。出来る事なら中へ入りたいが、女性が扉の前に立っているので、流石にすり抜けることも出来ない。

 僕は服のボタンを一つ引き抜いて、指で弾いて廊下に放った。僕の手から離れたボタンは【狩人の極意マースチェル】の効力を失い、誰もいない廊下で、急に照明の炎に影を作る物が床に転がって、女性は目を凝らした。


「なんだろう……? ボタン?」


 女性はボタンを拾い上げ、首を傾げた。女性が扉から離れた瞬間を見計らい、僕は部屋の中へと入る。

 部屋の中では大量の本が、いくつも並んだ棚に隙間なく並べられ、3本ばかりのロウソクがそれを照らしていた。魔導書を保管する場所だろうか。「近代五元魔法術」、「精神の崩壊と回復」、「極限魔法資料」など高級そうな表紙を持った分厚い本が並んでる。「障壁魔法の全て」と書かれた本は鎖に巻かれて容易には開けられないようになっている。騎士団が誇る鉄壁の障壁魔法だ。当然、術式なんかは門外不出の秘術扱いなんだろう。

 女性が部屋に戻ってきて、僕はすぐに本棚の裏に隠れた。その時、肘がどこかに当たり、一冊の本が背表紙から「バサッ」と落ちて中身を見せた。

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