第117話 投獄

 老人の言う通り、門のスキルチェックは発動せず、僕は【狩人の極意マースチェル】を発動させたまま、城の中に入ることが出来た。

 テルストロイの本城も大したものだったが、祖国の城は全ての規格が倍になる。廊下の幅も、窓も、天井も、一つ一つの扉も大きくて、でも、装飾はそれに比例せず、むしろテルストロイの本城より小さくて細かい装飾だから、大きな物に施すには時間がかかるだろうし、相当な技術が必要になるであろうことが、素人目でもすぐに分かる。

 ここを通った人は、リングリッドの国力というものをまざまざと見せつけられるのだろう。置かれた物の優美さは、それぞれが胸を張って権威を主張しているようにさえ思えた。

 ここは僕が居て良い場所じゃない。というか、胸に鉄球が入り込んだみたいに息苦しいので、恐縮だが、厳格さに耐えきれない僕は、頼まれたってここに長居したいとは思わない。ローデンスクールの継ぎ接ぎだらけの道が恋しくなると、今更ならがら、僕は根っからの田舎ものなんだと感じる。


「私は陛下に報告しに行く。沙汰があるまで牢へ」


「はっ」


 オーバス様が一人、大きな階段を上がっていく。オーバス様を追いかければ、アルテミーナ様の元へ辿り着けるかもしれない。でも、その場合、エリス様の居場所を見失うことになる。【地形測量グラビスサーチ】が使えない今、離れ離れになるのは危険だ。オーバス様の背中に好機を感じつつ、その場の行動は見送った。

 一方向にだけ進み、城の隅っこまでくると、物々しい鉄の扉が寂しげに揺れる照明の炎に照らされている。そこはやけに寒々しく感じられ、城の中で一角だけ取り残されているように空気が違っていた。


「アルメロ様」


「はいはい。この扉は限られた者しか開けれませんからね。私が開けるしかありません」


 老人はわざとらしく言うと、人差し指を扉に近づけ円を描いた。すると鉄の扉は青いオーラを纏い、押してもないのに開いた。扉の先には地下へと続く階段があり、一定の間隔で蝋燭が灯っているだけで、奥は暗くて見えない。城内の荘厳さとは別世界で、這い上がってきた冷たい空気が背中を舐める。

 階段の下には小さな部屋があって、机と椅子、本棚、そして大小、形も様々な枷がぶら下がっている。呪縛術に疎い僕でも、枷にある魔法石や刻まれた魔法陣を見れば、それをつけたら最後、スキルが阻害されて発動できなくなるとすぐに分かる。

 階段から降りてきて正面の壁には鉄柵の扉があって、その扉の向こうには弱々しい蝋燭に照らされた牢屋が並んでいるのが辛うじて見える。


「アルメロ様」


「はい。ご苦労様です」


「エ、エリスティーナ様……!?」


「次は逃げられないように、しっかり見張っていてくださいね」


「は、はっ!」


 机には看守と思われる騎士がいて、鉄柵の扉を守っている様子だったが、エリス様の姿が見えると、椅子を倒して勢いよく立ち上がり、姿勢を正した。強張った顔は、眉が下がり、緊張で引き攣っているのか、申し訳なさそうにしているのか分からない表情だった。「次は」、と言うことは、以前にエリス様が捕まっていたという牢屋はここのことなんだろう。ロイド様がここに来て、エリス様を逃したのかと想像する。今こそ、その方法を知りたいが、今はロイド様を探している場合でもない。


「では、一つ鑑定してみましょう」


「アルメロ様、私がやりますので……」


「いえいえ、あなたもお疲れでしょう。ここは私に任せてください」


「そ、そうですか。恐れ入ります」


「ではエリス様、こちらの椅子へおかけください。また脱走されても敵いませんから、房に入る前に、スキルを全て見させて頂きますよ。じゃあ、失礼して。【契約視認オートパスキール】」


 椅子に座ったエリス様の額に手を近づけ、

老人が魔法を唱える。さて、正確に鑑定されたら精霊の存在がバレる。気づかれたらどんな反応を示すのか気が気じゃないが、止めようにも今は動けないし、流れに任せるしかなかった。


「ふざけんじゃねぇ! こっから出しやがれ!」


「おい! やめろ! やめないか!」


 鉄柵の扉の向こうから怒声が響いて、目を瞑っていたエリス様も思わず体をビクつかせ、驚いた目を向けた。

 鉄柵の扉の先に並ぶ牢屋を見ると、牢屋の柵から腕が2本伸びてて、その腕が互いに叩き合っているのを、別の看守が木の棒で突いて止めに入ってる。

 またどこかで罵声が起きれば、看守が注意しに行き、看守が離れれば、また別のどこかで罵声が響く。何人かいる看守は、イタチごっこに追われて、困った顔をしていた。


「一人二人と無礼を働く騎士や使用人が増え、少し前からこの有り様です。外へ摘み出そうにも、王宮に仕える者がこれじゃ威厳がないということで、城内で隠すことにしたのは良いものの、独房の数がまるで足りません」


 老人は頼んでもないのに、鑑定を続けながら片手間に説明する。よくみると牢屋の一つ一つが肩幅くらいの幅しかない。奥行きがあるので、廊下に頭か足を向ければ寝られはするだろうが、それにしたってあまりにも狭い。檻から出てきた腕が近いから、同一人物の腕かと思ったが、牢屋が近すぎて、隣の囚人の腕を殴り合っているのだった。


「……ふふ。はい、終わりました。看守さん、いま見せますから、記録、お願いしますね」


「はっ!」


 老人は早々に鑑定を終わらせた。レイシア様が鑑定したときは、1時間半くらいはかかったのに。熟練度の違いなのか、まだ10分も経ってないのに終わってしまった。


「【情報印示オープンレクト】」


 老人は頭に思い描いた文字を、空中に浮かび上がらせた。


ーーーーーーーーーーーー

【精霊の祈り Lv1】

【精霊の息  Lv1】

ーーーーーーーーーーーー


 老人が示した鑑定結果を、看守は記録用紙に認める。レイシア様との鑑定結果とはえらい違いだ。精霊の力も見ているし、【王の血レクステリトリー】の効力も実際に感じているのだから、レイシア様の鑑定が間違っていることはあり得ない。

 老人が見逃した。わざとなんだろうか。微笑む表情には、少しのゆとりが感じられて、まるでこちらの緊張をほぐそうとしているようだった。


「これらは以前からあったスキル。回復と浄化のスキルだけですから。枷も必要ないでしょう」


「そ、そうですね」


「では、エリス様。中へ」


 鉄柵の扉を潜ると、より一層の寒気を感じる。人生の終わりを告げるような、そんな空間だ。

 

「数が足りないので、一つの房に数人を入れたら、理由もないのに喧嘩して、命を奪い合う勢いだったので、檻の中に壁を作って、房の数を増やしたのでございます。ご安心下さい。エリスティーナ様の牢屋は、一番奥の、広い檻でございます」


 広い牢屋が、さも贅沢であるかのように言う。他の牢屋より比較的に広いというだけで、居心地の良い牢屋などあるはずない。

 エリス様は少し躊躇すると、息を吐いて気合いをいれ、檻にさに挟まれた道を進み始める。


「あああああああ!」


「おいなんだ!? やめろ! さがれ! さがれ!」


 エリス様が歩くと、左右の牢獄から一斉に無数の腕が生え出た。体を檻に密着させ、両腕を伸ばしている。

 紫色に光る目、精霊の力がなくても、投獄された人全員が呪いに侵されていて、エリス様の光に引き寄せられているのが明白な状況だった。

 

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