第115話 無謀
皆が連れていかれる。最初はこんな事になるとは思わなかった。騎士王の武勇を皆が聞いていたし、僕に至ってはその力を間近で見たことがある。だから、御三方と共に挑めば、負けはしても、逃げる足は残せるはずだと思っていた。
僕らも強敵と戦ってきた経験があるから、どうしても、「やれる」という気概が先に及んだ。気合いを入れなきゃ勝てないのだから、勝てる気でいなきゃ勝てないのだから、僕らは前に踏み込んだ。
浅はかだった。軽率だった。
途中からは手加減する余裕も無くなって、全力だった。でも、何も通用しなかった。ランクが違う。場数が、乗り越えてきた壁の大きさが違う。
そうやって相手を大きくして、自分を卑下していると、どんどんと自信が薄れていく。震えが酷くなっていく。今この時にも、仲間は連れて行かれそうになってるのに、僕はずっと隠れてる。助けに行けば騎士王に見つかるから、息を潜めてる。
どうする。どうするんだ。
頭の中が混乱して、同じ言葉ばかりが繰り返される。何も手立てがない、あるはずないと、一人きりになった絶望が伝えてくる。恐怖の死神が後ろから抱きついてくる。
その時、言葉にならない暖かさを僕の胸に送る物があった。恐怖で握りしめていた手の中には、エリス様に手渡された白銀の矢があった。
僕がアルテミーナ様を射つ。無謀な事だが、万が一、億が一にでも出来たら、もしもこの矢で本当に呪いが浄化できるのなら、僕にも皆を助ける事が出来るかもしれない。
いや、出来るかもじゃない。やるんだ。
かもじゃない。出来ると信じるんだ。
全身に鳥肌がたって、まるで麻痺を患っているみたいに身体中の皮膚が変な感覚になっている。吐き出す溜め息までが震えている。
祈るように白銀の矢を両手で強く握った。どう転ぶにせよ、転ぶならエリス様の近くで転ぶ。何を迷う必要があると自分に問いかけ続けた。僕はエリス様の従者だ。エリス様が連れて行かれるなら、僕はそれについて行くだけ、救うだけ、助けるだけだ。恐怖したって、やることは変わらない。
未熟な決意でも、足に力を入れるだけなら十分だった。白銀の矢を矢筒に入れ、僕はエリス様の元へ近づいた。
周りの騎士たちには気付かれる様子もない。でも、僕が移動するたびに、騎士王だけが首を動かす。
「こちらへ、エリスティーナ様」
騎士がエリス様を馬車に乗せようと、足場に誘導する。僕は【
【
囮や撹乱に使うのは特に便利だが、これで放つ時は大概、僕はその場に居ないから、【
馬車に一番近い茂みに来た。何も音を立ててないのに、完全に気配も消しているのに、例の如く歴戦の騎士としての勘が、足を向かわせたとでも言うつもりなのか。もう今さら動けない、今動いたら、それこそバレる。
エリス様が馬車に乗り込み、扉が閉められそうになる瞬間、明後日の方向に綺麗な花火が3発と打ち上がった。
オーバス様が空を見た一瞬、僕は茂みから飛び出して、エリス様が乗り込んだ馬車へと滑り込んだ。
花火に呆気に取られた騎士は、中途半端な危機感を働かせて、僕が入ってすぐに扉を閉めてくれた。
外では、花火の正体を探ろうと騎士が慌てて動いている。
扉が閉まると、窓のない馬車は、並べた木材の隙間から入る、小さな光しかなくなった。遠征用に誂えた護送車だ。贅沢さは一つもなく、この中が既に監獄のように思える。
エリス様はすぐ側にいる僕にも気づかず、静かに座って目を閉じていた。全てを覚悟しているのか、それとも、僕が何とかしてくれると信じているのか。この状況で冷静で居られるエリス様は、旅の中で随分と肝が据わったようだ。
馬車が動き出すまで、話しかけるのはやめようと思った。すると、どこからか蛍のような小さな光が飛んで、僕の体にコツンと当たって、綺麗に散った。ティオだ。どうやら、目には見えない精霊には、こちらの動きが丸わかりらしい。ティオの声は、壁も雑音も関係なく、一定の距離で頭の中に直接と聞こえてくるものだから、外にいる騎士にバレてはいけないと光をぶつけてきたんだろう。隠密は僕の専売特許なのに、思念の集合体だというティオには、まるで敵わない。何処にいるかも分からないので、僕は適当な方を向いて、口に人差し指を当てた。エリス様は何かを感じて目を開けたが、その時には光の粒子は無くなっていたので、気のせいと思ってまた目を閉じた。
結局、花火の原因がわからず、オーバス様は移動することを優先させた。馬車がガタゴトと動き出して、もう音を出しても大丈夫だろうと思った時、僕は小さな声でエリス様に存在を知らせた。
「エリス様。……静かに。僕です、ケイルです」
エリス様は目を大きく開いて、声のする方向を見た。僕は【
「黙って聞いてください。僕はこのままエリス様の後をついて、城内に侵入します。そして、アルテミーナ様に矢を放ち、浄化を試みるつもりです」
エリス様は何も言わず、緊張した面持ちが一変して、柔らかい表情で微笑み、正面を向いて小さく頷いた。
すると、外から爆発音が聞こえて、僕らの馬車を運んでいる馬も驚いたのか、少し足音を立てなきゃ転んでしまいそうになるくらいに揺れた。
僕が木の隙間に目を近づけて外を見ようとすると、僕の姿は見えないから真似している訳でもなく、エリス様も同じように外を伺った。
爆発した馬車は、粉々に飛び散った破片が、小さく火を作っていた。破片の中心に立っていたのはミリィ様。肩で息をしていて、煤で汚れた表情は疲労を映していた。
エリス様が微笑んだ時、僕の体が軽くなる瞬間があった。【
臨戦態勢をとる騎士に、ミリィ様も引く気は無い。今ここで戦っても傷を深くするだけだと、側から見ればそう思う。でも、とうのミリィ様は興奮した面持ちで、とにかく今の状況を把握しようと、ギラギラとした目が右に左に動いていた。
「ミリィ! 落ち着いてください! ミリィ!」
エリス様が大きな声で言っても、今のミリィ様の耳には届かなかった。すぐに騎士王が来る。僕が止めに入ったら、もう身を隠す術もない。どうしたものか。
《落ち着きなさい。ミリアルディア》
精霊の声が聞こえた途端、あたりに燻っていた火が、突然の豪雨に打たれたみたいに消えさった。冷静になったのだろう。さっきまで逆立っていたミリィ様の髪の毛が、重力に従っていく。
「ミリィ! 落ち着いてください! 今は忍んで、共に王都へ向かいましょう!」
冷静になった耳は、簡易的にも忠誠を誓った主人の声を聞き届ける。馬車の中からエリス様の声が聞こえて、ミリィ様は眉間にシワを寄せて、悔しそうに俯いた。また騎士たちが、そこらの木々を切って馬車を作ると、ミリィ様は自分の意思でその中に入っていった。
この場で大きな騒動にならずに済んで、ミリィ様に怪我も無くて良かったが、得体の知れない声に騎士の騒めきは収まらなかった。騒めくが、正体が何かは絶対に分からない。ティオの存在を自力で見つけるには、僕を見つけるより、遥かに難易度が高い。
騎士王がエリス様の馬車の扉を開いて、中の様子を伺いに来た時は肝を冷やしたが、エリス様は真っ直ぐオーバス様の目を見て離さず、とうとう僕の存在も、ティオの存在をも隠し通した。
馬車はまた進み始める。ガタガタとした道が静かになると、いよいよ王都に近づいて来たのが分かった。
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