第111話 正面
首都マディスカルから出た僕たちは、一歩一歩、騎士王に近づいていく実感を噛み締めながら、何か妙案は無いかと、脳を熱くさせていた。
「どうすんの?」
ミリィ様がそう尋ねても、誰も答えを持っていない。囮を使って城内に潜入する術を使わないなら、正面切って騎士団とぶつかり、押し退けて入るよりない。レイシア様は騎士相手にどうやって、出来る限り負傷者を出さずに押すのか、それとなく考えを用意していたみたいだが、それも相手がオーバス様だと知れて空論になった。
「窮地は最大の好機。正々堂々と前に出て、オーバス様を倒す。それしかないわ」
「単純ね。アンタらしくもない」
「単純だからこそ、効き目もある。オーバス様は確かに脅威だけど、逆に言えば、それを倒せば他の騎士たちの士気は落ちる。最強の剣は、折れた時の衝撃も大きい。他の騎士は無視して、オーバス様を倒すことだけに集中しましょう」
「オーバス様と、戦うのですか……?」
「ビビってんの?」
「い、いえ。そういうわけでは」
「明らかにビビってんじゃない」
シェイル様の顔色は、騎士王の存在を知った時から悪かった。騎士を目指す者として、オーバス様は憧れの頂点。それに歯向かうのは、親を薙ぎ倒すのとどう違うだろうか。兄のジェームスを帰したシェイル様だが、オーバス様に挑むのも、肉親に背くような心持ちになるはずだ。強敵と対峙する恐怖も上乗せされれば、その心境の複雑さも増す。
「他に、方法は……」
「言ったでしょ。それしかない」
今一度、話し合いで解決できないかと考慮するシェイル様だが、ジェームスの時もそうだったように、誇りある騎士なら、例え呪いの存在を知ったとしても、国に背くような行為はしないだろう。騎士王なら尚のこと、敵の口車に乗せられて、任務を放棄するなんて可能性は皆無に思える。ミリィ様もレイシア様も、そう思うからこそ、話し合う余地を一蹴した。ただ、僕とエリス様には思うところがあって、本当に説得することは出来ないのかと、シェイル様同様に少々悩んだ。
数日歩いき、早朝、僕らはリングリッドとの国境付近に辿り着いた。騎士たちはもう半日もすれば、こちらと出会う距離にいる。
テルストロイの領内は森に囲まれていて、障害物を置きやすい。もちろん、普通に生えている木なんて、オーバス様なら片手でも薙ぎ倒すし、壁の役割にもならないが、それでも視覚的に身を隠せるだけ、無いよりはあった方が戦い易い。
決戦の地を、テルストロイ領内に入ってすぐの道と定め、僕らは近くの木陰に座って、騎士たちが来るのを待った。
「オーバス様と戦った事がある人なんて……居ないわよね」
「戦っていはいませんが、テルストロイに向けてエリス様を護衛していた際に、オーバス様の力は見ました」
「騎士王から逃げ回ってたの? よく生きてたわね」
「で、どうだったの?」
「力も技術も経験もあって度胸もある。間違いなく僕が出会ってきた人の中では、最強の人間です。そういえば、オーバス様には【
「威圧かぁ、厄介ね」
「シェイルの盾じゃ、威圧は防げないの?」
「まだ思念を防ぐには……」
「そこらの威圧が防げたとしても、騎士王の威圧はまた別でしょ」
「……そういえば私たちも、王都から出る前に、オーバス様にあったわね」
「世界のためでも、国のためでもなく、目の前の友のために死力を尽くせ。柵の中で生きるのなら、冒険者である意味はない。ロッドメイル様は最後にそう仰っていました」
「……今にして思えば、オーバス様は、最初からこうなる事が分かっていたのかもしれないわね」
アデレードから船で海に出た時、オーバス様は、その気になれば船を両断できる位置に立っていた。捕まることを覚悟した長い時間、僕はずっとオーバス様と目が合っていた。何かを許し、託すような面持ちで、遠ざかっていく僕らの船を、じっと静かに見つめていた。
呪いを知る今、あの時には既に王宮内での異常にも気づいている筈なのだから、オーバス様も騎士としての務めと、良心との間で葛藤していたに違いない。そして、オーバス様はエリス様を逃した。本当に話し合いの余地は無いのか。僕とエリス様が悩むのは、その時の記憶が呼び起こされるからだった。
レイシア様が【
収穫まで魔力を使わせては申し訳ないので、僕は小石を投げて茎を切り、リンゴを落としては、皆に配って回った。
レイシア様が作るリンゴは、相変わらずみずみずしくて美味しい。僕らはリンゴで昼食を済ませて、打倒オーバス様に向けた作戦を一通り話し合いながら、最後の休息をとった。
「そろそろ見えてきます」
「じゃあ、しっかりと」
「精霊様がいるんだから、幸運はこっちにあるわよね?」
《人の運命というものは、誰に左右されるものではなく、自らが切り開いて行くものでございます》
「……それってつまり、頑張れば何でも出来るってこと?」
《その通りでございます》
日が沈みかけて、空の色が青とは言えなくなった頃、所定の位置に騎士が近づいてきて、僕らは輪になって顔を見合わせる。
オーバス様に戦いを挑むとあって、みんな緊張していたが、ティオの冗談なのか真剣なのか分からない言葉で、少しだけ和んで微笑んだ。
「【
レイシア様に一通りの補助魔法を付与してもらい、僕らは別れる。
シェイル様が道の真ん中に一人で陣取り、注意を引く。その役目を言い渡された時、シェイル様はことさら顔面を緊張させていたが、一番に防御力が高いのだから、オーバス様の正面に立つ役目も致し方ない事と割り切った。
ミリィ様とレイシア様は、シェイル様を挟むように左右の森の中で待機し、僕とエリス様は援護射撃のため、少し離れた後方に立つ。【
オーバス様を先頭にして、馬に乗った騎士団がテルストロイの領内へと入った。シェイル様は、オーバス様と本隊との間に狙いを定め【
馬は障壁魔法に衝突して、本隊の進軍は止まり、オーバス様を孤立させることに成功した。
オーバス様の鋭い視線が、冷や汗を流すシェイル様を刺す。戦う意志を汲んだのか、オーバス様は乗っていた馬を降りて、ゆっくりと歩いて来た。
長槍の刃が、シェイル様を映す。いよいよ後には引けない。4対1。僕はともかく、御三方だって神童と謳われた猛者だ。この人数差なら、苦戦はしても、勝負にならないなんて事はないはずだ。
戦いが始まるまで、一体どうなるのか見当もつかないから、あれやこれやと雑念が沸騰して、矢を持つ手に汗が出る。矢継ぎの際に、手を滑らせるんじゃないかと思って、僕は湿った手をズボンで拭いた。
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