第109話 動向
ダンジョン班が鉄採取に使っていた、炎の魔剣エルトナを作っているのもマディスカルの職人だし、貯水槽に浄化を付与させるために雇う冒険者も、その他細かい消耗品も、テルストロイから仕入れているものばかり。想像するだけでも、魔法が使えるテルストロイから提供できるものは多そうだった。
「何よりも、我が国と国交を
懇切丁寧に有益性を並べ立てたアンガル王は、息を切らして肩を上下させた。
「お前の言っていることは大体分かった。だが、返答には少し時間が欲しい」
「な、なぜだ!?」
「お前らを仲間と認めたら、俺たちは決して裏切れない。お前たちを仲間と認めて良いものか、今はまだ断言できない」
ワモンはやはり冷静だった。信念と共に生きる彼ら、その一つには絶対に仲間を裏切らないとある。それは、クロフテリアの中ではより強い絆を育むが、他国との間では、その限りじゃ無いかも知れない。
最初は驚いて呆気にも取られていたが、彼らの信念をアンガル王は知っているし、その信念に助けられたのだから、それを深く汲み取って、返答を焦らせることはしなかった。
「……分かった。国交を
「約束?」
「ああ、
「……良いだろう。騎士の奴らがまた来たら、その時は協力してやる」
アンガル王が手を差し出す。一度は戦いあった相手、差し出された手を払い除けやしないかと、ヒヤヒヤした気持ちで見ていたが、ワモンはしっかりと握手を交わした。歓声はない。それでも、お互いに一定の理解が生まれた事はわかる。そんな静けさが広がっていた。
国交は結ばないが、共闘はする。敵の敵は味方といった感じだが、クロフテリアが嘘をつくような小さな男たちでないと分かっているのだから、即席でも立派な同盟と言える。
クロフテリアの男たちから夕食に誘われたアンガル王は、城へ帰らず、獲った魔物をただ焼いただけの男料理を樹海で食べ、僕らも帰るタイミングを失って同席した。
日が落ちても戻らない王を心配して、後から血相を変えたユリウフが複数の部下を連れてやって来たが、前歯がなくて肉が噛み切れないことを茶化され、またそれを楽しんでいるアンガル王の談笑する姿を見て、杞憂だったと溜め息をはいた。
ユリウフたちもまたクロフテリアの男たちに夕食に誘われた。最初は拒否したユリウフだったが、アンガル王が誘うと結局は渋々と夕食を共にすることになって、同盟を結んだ酒杯のこそないが、場は宴のようになった。
こうやって一緒に食事する景色を見ると、ついこのあいだ争いあっていたもの同士とは思えなくなる。呪いの存在を知ったもの同士で、こうやって結束し合う事ができれば、混乱に立ち向かう事だってできる。僕らのすべき事は、この光景を何度でも作ることなんじゃないかとも思った。
夕食を終えて城へと戻ってこれたのは、日付が変わった頃だった。エリス様と御三方が、寝支度を整えようかというとき、僕はまた窓台に座って、【
いつものように騎士団は、王都へと続く帰路をまっすぐ走っている。休息もとらず、樹海で僕らに追いかけられた疲労もそのままにて移動しているから、その表情は見るからに疲れ切って弛んでいる。
その時、嫌な気配と共に、新たな動きがあった。ロイド様が率いた部隊とは反対方向に進路をとって走る、大人数の人影が視界に入ったのだ。
夜の暗闇でよく見えなかったその群衆は、ロイド様の部隊と合流すると、動かなくなる。詳細を探るため目を凝らすと、そこに居た全ての人影に、銀色の鎧が月明かりに照らされているのが見えた。
早馬を受けてアルテミーナ様が差し向けた、増援か救援部隊だろうか。最悪の場合は、そのどちらでも無い、ということになる。つまり、テルストロイを侵略するために出陣した、助けるためではなく、討ち滅ぼすために差し向けられた、全くの別働隊の可能性があるということ。僕は心の中で、合流した部隊が、そのままロイド様の部隊と共に王都に引き返してくれることを願ってやまなかった。
「どうはひた?」
「ロイド様が率いていた部隊に、他の部隊が合流しました。暗いので詳細な事は分かりませんが、増援か、もしくはテルストロイを侵略するための部隊だと思われます」
歯を身が磨きながら、洗面室から現れたミリィ様は、僕の報告を聞いて手を止めた。レイシア様もシェイル様もエリス様も、想像する事は一緒のようで、仮定するのはテルストロイ攻略に向けた新たな進軍が既に始まっているという説。
「合流してから動きがないので、今はその目的がハッキリしません。それでも増援した騎士は1万を超えていると思います」
「合流した部隊が、ロイドの部隊と離れてこちらに向かってきたら、すぐに教えて頂戴」
「はい」
「救援に来たか、ここを攻めに来たのか……どちらにせよ、此処に留まっているのも、もうお終いね」
街を出る決心が、何も言わずとも通じ合っていたのは、報復が迫ってきたら、僕らだけで戦うことを当初より念頭に置いていたからだ。それは、復興途中のこの国の武器や防具、生活もままならない現状を見て、下手に同行されても戦力になるかどうか判断が難しいということもあったし、何よりも、リングリッドの王が出した侵略の号令ともあって、祖国の人間として迷惑をあまり掛けたくなかったという想いも、少なからずあったからだった。
「行動は日の出と共に」
「皆さんはどうぞ寝てください。僕は偵察を続けます」
「悪いわね。朝起きたら、私が体力を回復させるわ」
「い、いえ、それは私にやらせてください」
「……分かりました。ではエリスティーナ様にお任せしますね」
恐らくは向こうも休息に入ったのだろう、合流した騎士団は今も動きを止めている。日が登って、確実に僕の【
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