第108話 提案
「私が投降すれば、王宮の牢屋へと連行されるでしょう。城壁も通り抜けられるし、城にも比較的容易に入れる。私が拘束されていれば、騎士も疑わないはずです。警戒も緩むでしょう」
真剣な面持ちのエリス様は、ゆっくりと僕の方へと歩み寄ってくる。
「ケイル、気配を消すことができる貴方なら、連行される私と共に城内へ潜入することができるはずです。城内に侵入した後、ケイルがこの矢を持って、アルテの呪いを浄化させることができれば……」
差し出される白銀の矢。この矢を作り出そうとする時から、エリス様はずっとそんな無謀な事を考えていたのか。温厚そうに見えて、エリス様は時々、目的のためなら大胆な行動も取るので、気が休まらない。
「な、何を……。エリス様を囮にするなんて、そんな事、出来るわけ無いじゃないですか」
「エリスティーナ様。それは少々、大胆過ぎる策かも知れません。エリスティーナ様は呪い浄化の要。全ての作戦が不意になっても、エリスティーナ様さえいれば戦える。エリスティーナ様を囮にして失敗したら、それこそ、私たちに希望はない」
「ならば他に方法がありますでしょうか。争いを避けて、負傷者を出さずして、騎士達の警戒を解く方法が、アルテを油断させる策が……」
レイシア様が僕の戸惑いを補足してくれたが、エリス様は引かない。
昨日はダメもとで、アンガル王に王の座を一時的にエリス様に譲って欲しいと申し出た。もちろん、形だけ。多くの部下を持てば、それだけエリス様の【
そうやって散々と考えて良い結論が出ず、僕らはこの街に留まっているのだから、エリス様の問いには、当然、答えられない。
「妹であるアルテを鎮めるのは、姉である私の義務でもある。他国を囮に使うくらいなら、私を囮に使って下さい」
「しかし……」
「私を過保護にするあまりに、絶好の機会を逃せば、それこそ後悔が残りますよ。危険は承知でも、私だって皆様のお役に立ちたいのです。私の身柄が役に立つのなら、使うべきです」
「わ、わ、分かりました! その作戦も一つの案として、残しておきましょう。しかし、最後の手段です。他に策が無いか、良く考えてみましょう。もっと容易く城内に侵入できるなら、それに越したことも無いんですから」
矢を持った両手が僕の胸に当たるくらいに、ぐいと近づいてくるエリス様を、二の腕を掴んでそっと離し、強引に納得させようとした。
リングリッドの王を浄化させるのに、リングリッドの血を継ぐ者が、率先して前に出るのは、自然の道理。少なくとも他国を囮にするよりは筋が通った意気込みだから、そして他に妙案もないのだから、却下し切れない。
エリス様を囮に使う。少人数で、かつ確実に城内に侵入できるであろう作戦。しかし、失敗したら全てを失う作戦でもある。当然、エリス様を失う可能性を考慮するつもりはない。誤魔化したけど、最初から反対だ。最後の手段と言ったけど、使うつもりもなく、はぐらかした。
「ティオ様、ティオ様はどうお考えになりますか?」
《私を憑依すれば、多少はエリスティーナも戦うことが出来ます。いざとなれば、逃げ出すくらいの力を貸し与えることもできるでしょう。闇に立ち向かう覚悟があるのなら、前に進むべきでございます》
「余計な事を」、僕は心の中でそう呟いた。ティオの声はいつも温かく、僕らを癒してくれるけど、エリス様の命を天秤に掛ければ、一言一句、承服できない。
全員の視線が僕の方に集まって、今度は僕の意見を伺ってくる。この無謀とも言える作戦、結局のところは、僕がアルテミーナ様を射抜けるかどうかに掛かっている。
御三方の複雑な表情から送られる視線は、僕に自信がなければ出来ることじゃ無いんだから、「自信が無い」と言って断ってしまえば良い、と言いた気な反面、僕が「自信がある」と言えば希望にもなりそうな匂いがあって、そう言って欲しいと願う側面もあった。
「申し訳ありません。僕には自信がありません」
みんなの肩が落ちる。御三方にとっては、分かりきった返答だったが、それでも少しは気落ちした。
エリス様は、「……そうですか」と小さく言って、両手に持った矢を引っ込めて、残念そうな顔をした。
出来る出来ないは、この際どうでもよくて、闇に立ち向かう覚悟が無いとか、そんな事もあるのかも知れないけど、僕はやっぱり、エリス様を危険に晒す可能性があるなら、断固として反対するしかなかった。
「おお、こんな所にいたのか」
アンガル王が露台に現れて、僕らは息を整えた。
「……どうかひたのか?」
「い、いえ。アンガル様は、どうしてここへ?」
「ほうだ。
「頼みたいこと?」
「
「それは、本当ですか!? アンガル王」
エリス様は以前に申し出たお願い事が叶って、明るい顔をして喜び、僕らの体も軽くなる。
さっそく僕ら5人はアンガル王に付き添って、クロフテリアの野営がある樹海へと入った。途中でエリウフが、自分も同行すると言って一度は道を塞いだが、相手を緊張させてはいけないと、結局アンガル王は誰一人と側近を従えずに来た。多分、その判断は正しかったと思う。
ローデンスクールでは醜態を晒していたアンガル王だが、今は正装に身を包んで毅然としているから、クロフテリアの男たちは少しだけ馬鹿にするように、ざわざわとしている。そして、何事かと集まって来る。
「何しに来やがった? まだ飯の時間には早ぇだろ」
「それが、アンガル王が大切な話がしたいと。ワモンさんはいますか?」
エリス様と僕の顔で、クロフテリアの男たちは道を開けてくれた。モーガンは訝し気な表情をして現れたが、僕の言葉を信じて、ワモンのところまで連れて行ってくれた。
ワモンとアンガル王は、太い枝を切っただけの椅子に、膝を合わせて座る。最近の食事制限で痩せたとはいえ、アンガル王の図体は大きく、しなやかな体を持ったワモンと並ぶと対照的に見える。
クロフテリアの男たちは、一様に一定の距離を保って、二人を囲い、様子を見ている。
「用件とはなんだ? 魔物の量が足りなかったか?」
「いや、
アンガル王は端的に用件を伝えてしまった。この話、クロフテリアには断る理由がないと思って、いまさら回りくどい言葉を並べなくても良いと踏んだのだろう。
しかし、ワモンの返答は遅い。金色を閉じ込めた大きな猫の目が、じっとアンガル王の方を見て動かない。もしかしたら、癇に障ることでも言ったのかと、アンガル王がすこし戸惑ったとき、ワモンが口を開いた。
「国交とは、どう言う意味だ」
拍子抜けな言葉に僕らも、アンガル王も姿勢が滑る。国として認められなた事のないクロフテリアは、国家として主権を持つ意味や大義にも疎く、また、その利便性も分からないようで、アンガル王は自ら自国の良い所を提示して、この国と手を組めば様々な物資を提供できることを説明した。
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