第107話 完了

 クロフテリアはその後も2日間、魔物を余分に狩り続け、テルストロイの調理師に渡し続けた。

 不平不満を誰か上官にも聞こえないように、小さな声でぶつぶつと言っていた人たちも、ひとたび魔物の肉を口にすれば、嫌味を言う口も惜しいくらいに、頬張った。僕らにはキノコ料理が振る舞われていたが、行き届かなかったテルストロイの住人は、虫を食べて凌いでいたらしい。テルストロイでは、虫を食べるのもさして珍しくも無いようだが、さすがに毎食では飽きも来ていたんだと思う、魔物の肉の味に初めて出会った時の顔は、その場にだけ新しい風が吹いたかのような、明暗な変化があった。

 魔物によっては、調味料もないのに塩気を感じたり、辛味を感じたり、甘さを感じたりと様々な味がするから、食べていて飽きない。それを、狩りに関しては一流の狩猟班が、汗を流して獲ってきて、味の説明をして、おすすめの調理方法を教えながら渡してくれるのだから、もうテルストロイの中に、彼らを馬鹿にする者は居なくなった。

 清々しい男たちは、気が知れれば、これ以上ないくらいに気持ちの良い人たちな訳で、まだまだ少人数ではあるが、勇気あるテルストロイの兵士たちが、唯一あるキノコと虫の食材を持参して、クロフテリアの野営にお邪魔する光景もあった。

 最初に足踏みしていた兵士を誘ったのは、バーベルだった。一足先に首都の中で面識があった彼が居たから、肌の色が違くても受け入れられている姿を見たから、そして、言葉が上手く無くても、だからこそ愚直な誠実さが見える彼の大きな背中があったからこそ、テルストロイの兵士たちは大きな一歩を踏み出せた。誘い文句は、「来い、食べろ」と実に簡単な言葉しか無かったけど、簡素だからこそ、どうにもまどろっこしい事ばかり考えてしまう僕らの邪推を、簡単に貫通して、心にも届いたんだ。

 しばらくすれば、こちらが何もしなくても、勝手に仲良くしていきそうな感じだった。

 一つの動きで魔物を5体も倒していたとか、普段はBランクの魔物も軽々と倒すそうだとか、テルストロイの人たちが、まことしやかに聞く狩猟班の武勇伝を、面白おかしく噂話にしているのをみると、澱んでいた街に新しい空気が入ってきているようで、少しずつ柔らかくなっていく表情と、高まる活気を見ている僕らも楽しかった。


「はぁ、私たち、何してんのかしら」


 楽しかったからこそ、首都の復興を見守るなんていう、頼まれてもいない義務を自分達に課した気になって、この場に留まり過ぎた言い訳にしてる。


「本当に、いよいよ例の作戦しか無くなってくるんじゃない?」


 新たな仲間との出会いに、希望を見出す街の人たちとは対照的に、僕らは困っていた。

 アルテミーナ様を攻略する方法が見つからないのだ。ひいては、強固な城壁を突破して、騎士団の目を掻い潜り、傭兵達を掻い潜り、城内に侵入して、それを全てエリス様を抱えながらやって、そうしてどうやってアルテミーナ様の元まで、なるべく負傷者を出さずに、死者を出さすにいけば良いのか、そんな100本の針の穴に同時に糸を通すような奇策が、見当たらなかった。

 ただ残っていた策は、負傷者が出るのを覚悟して、首都マディスカルを囮にして、騎士団を誘き寄せた所に、手薄になった城内へ潜入するという、例の不徳の策だった。

 不徳でも、卑怯でも、それでしか目標を達成できないのなら、迂愚でもそれが最善になる。いっそ、アンガル王にお願いを聞いて貰える機会の時に、「囮になってくれませんか?」と素直に言ってしまえば、苦肉の策を隠しておくより、よっぽど誠実だったかもしれない。もちろん、それは冗談で、今やっと復興を遂げて、新しくなった街を差し出せなどと、誰だって言えたものじゃない。

 だからこそ僕たちは、アンガル王が演説にも使った、街全体が見渡せる城の露台で、揃いも揃ってため息をついている。


《もう、これ以上の浄化は不可能です》


「じゃ、じゃあ!?」


《はい。完了でございます》


 明るい声に振り返ると、エリス様の両の手の平に乗せられた鉄の矢は、より白い白銀の姿になっていた。作業から5日。とうとう一本の矢に精霊の浄化の力を付与する事が出来た。


「おめでとうございます。エリス様」


「良くがんばりましたね。エリス様は根性のある御方だ」


「あ、ありがとう! 凄く時間が掛かってしまったけど、次はもっと短い時間で……!」


《はい。鍛錬すれば、必ず浄化の力は増していきます》


「がんばります!」


 入学したての生徒のように、やる気を見せるエリス様。【王の血レクステリトリー】が働いているんだろう、「自身の気持ちが高まるほど、配下の力が向上する」、エリス様が元気を振り撒くと、すとんと体重が減ったみたいに、体がふわりと軽くなる。この感覚は、本当に不思議な感覚だ。

 そして、そうなる事も気付いているからこそ、エリス様は必要以上に明るい笑顔を見せているのだから、ため息なんてついては失礼だと、僕らも笑顔になった。そして、また【王の血レクステリトリー】が働くのは、「配下の士気が高まるほど、自身の力が向上する」という作用があるせいで、僕らが元気になると、エリス様の力も増して、またエリス様が活力を持つと、僕らの体が軽くなるわけで、このまま気持ちを高め合っていったら、無限に力が増していくような気がしてくる。

 もちろん、人が士気を高めるのも限界はあるのだが、やっぱり、この【王の血レクステリトリー】は異常であり異様で、途方もない力を秘めたスキルとしか思えない。でも、そんな根拠のない自信も、もしかしたら【王の血レクステリトリー】の作用で、元気を増やして貰っているせいかも知れないので、今の僕には評価のしようもなかった。


「……あ、あの!」


 少し考え込んだエリス様が、大きな声を出すので、僕らも少し驚いた表情になった。


「一つ、提案が有るのですが……」


「提案?」


「私を囮にするのはどうでしょうか?」


「ん?」


 突拍子もない事を言うのは、スキルのせいで気分が高揚しているのが原因だろうか。いや、目を見れば、酔っ払いなどが酔狂で高揚する時に見せる、視点の揺らぎや瞳孔の乱れもない。エリス様の姿勢は、その場の勢いで言っているのでは無く、黙々と矢を浄化させ続けている間にも、ずっと考えに考えて温めていた言葉なのだと、僕らは緊張感を持った。

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