第106話 狩り

 翌日、首都の北側は朝から賑わいを見せていた。その賑わいには2種類あって、魔法の一つも使っていないのに、繊細かつ大胆な動きと、言葉で意見することも視線で合図することも無いのに、阿吽の呼吸の連携を見せ、次から次へと魔物を狩る、狩猟班への称賛と、魔物なんかを食べるのかという、懐疑的な声だ。

 テルストロイの主食、というか全世界の主な食料は、麦や米や野菜、虫や、家畜として買われた動物の肉などだ。魔物の肉を食べるのは、携帯食料が底を尽きた冒険者か、それとも食べることによって、【毒の耐性ポイズンバック】や【麻痺耐性プラシスバック】などの、耐性スキルを獲得できる魔物肉であるか、見た目よりも味を優先できる人しかいない。

 珍味として扱われるし、売っているのはいつだって路地裏の影にある、少し入り難い所だ。

 生け捕りにしても、全ての国では、生きたままの魔物を居住区に入れるには特別な許可がいるし、食用ではまず許可はおりない。

 だから、新鮮なものを用意するために、生け捕りにした魔物を城壁のすぐ外で締める人も見るが、わざわざ生け捕りにするのも一苦労だし、魔素が直ぐに腐敗を生むから、長期保存もできないし、販売したりするには特別な免許がいるし、その手間代で値は張るし、慣れてなきゃ扱いにも困る。とにかく、新鮮な野菜や肉が市場に置いてあるのに、わざわざ魔物食を進んで食べる人は少ないのだ。

 反応を察するに、頑張る狩猟班を応援する人は、魔物を食べたことがある人で、「俺は絶対に食べない!」と懐疑的な事を言う人は、魔物を食べたことが無い人で別れるのだろう。残念ながら、どちらかといえば後者の方の声が大きく、今にも排斥運動が起こりそうにもなったが、これがアンガル王の御沙汰だと知れると、みんな一様に口を閉じた。


「クソ面白くもねぇ」


「って言いながら、一番、魔物を狩ってるのはモーガンさんですよ?」


「あぁっ!?」


「ひっ!? す、すみません」


 おちょくるつもりは無かったが、事実を言ったら強烈に睨まれた。モーガンはいまだに悪態をつきながらも、狩猟班のリーダーとして、しっかりと狩りをしていた。言葉や態度はキツいのに、やってることはいつだって人の為。裏表があるわけじゃ無いのに、素直というわけでもない。

 悪い王かと思えば、誰かに操られていたり、良い人に違いないのに、どうしてか敵対してしまった兄弟だったり。モーガンを見てると、そんな一筋縄ではいかない人生の難しさを勝手に感じてしまう。


「何見てんだ!?」


「ご、ごめんなさい」


「テメェも少しは手を動かしやがれ!」


「僕は今回、手伝いません」


「あぁ!?」


 アンガル王から直々に、我々を助けるために、狩猟班に万が一の事があってはいけないと、なるべく見守っていてほしいと頼まれた。「なにもしなくて良い」、「ゆっくりしていれば良い」と言った手前、こちらに頼み事をするのも気が引けたようだったが、それでも僕とエリス様だけには気心が許すようで、御三方には聞こえないように、お達しがきた。

 エリス様の護衛はシェイル様にお願いして、僕は「用事がある」とだけ言って城からでた。僕だけに用事があるのは不自然だと、御三方は怪しんでいたが、そこはエリス様が宥めていてくれた。


「そりゃ、喧嘩を売ってると思って良いんだよなぁ? 上等だゴラァ!」


「そ、そうでは無くて! 皆さんでやらなきゃ、意味がないんですよ」


「あ?」


「皆さんの力を示してこそ、テルストロイの役に立てると、クロフテリアの株も上がるんです。僕が手を貸しちゃ、それも有耶無耶になる。いいですか? テルストロイに認められ、国交を結べば、クロフテリアが正式に国として認められるかも知れないんです。ローデンスクールにいる皆さんが、もっともっと不自由のない生活を送れるかも知れないんですよ」


「認められるために、俺たちに媚びろって言うのか? あのクソ豚に」


「媚びなきゃいけないのは、力の無い人だけです。だからこそ、今ここで皆さんの力を示せれば、対等な付き合いも出来るというものでしょう」


「……そりゃ、ワモンの考えか?」


「いえ、国交の話はエリス様が言っていた事で、僕もそうなれば一番良いんじゃないかって」


「ふっ。余計な世話を焼いてるな、あいつも」


「……あの」


「まぁいい。今はテメェの口車に乗ってやる。おい、テメェら! 気合い入れていくぞ!」


「「おうっ!」」


 積み重なっていく魔物の山。アンガル王には見守っているように頼まれたけど、樹海の中は北へ行けば行くほど、討伐難易度の高い魔物が出るのだから、ここら周辺の小物は、最北の樹海で猟をするクロフテリアの人たちにとって造作もない相手で、僕が手伝わなくとも、成果は上々だった。

 約束通り、狩猟班の活躍によって大量の食料が用意された。協力するよう命令を受けたエリウフは、渋々といった感じで狩猟班の成果を見に来たが、いざ大漁の魔物を目の前にすると、次の指示が出て来なくなる。


「お、おい。これは、この後、どうするんだ?」


「あ? 裁き方も知らねぇのか?」


「そ、それくらいは知っている! 知っているが、一度、見本を見せてみろ!」


「チッ! めんどくせぇな」


 魔素を含んだ魔物の肉は、ほとんどが生では食べれない。まずは解体して、必要な部位だけを取り出して火を通すのだが、魔物との戦いにも慣れていそうなエリウフは、意外にも魔物を調理することは初体験だったようで、部下たちに指示をしなくてはいけない立場だから、あまり聞きたくもなさそうだけど、目の前で魔物を解体して見せるモーガンの手元をしっかりと観察し、研修生のように書き付けを残した。


「そ、そっちの奴は」


「あぁ? 自分で考えろ」


「いいから、やってみせろ」


 魔物といっても、種類が違えば捌き方も違ってくる。一通りを覚えようと、あれやこれやの魔物を解体しろと言うエリウフ。最初は面倒そうに邪険にした表情をしていたモーガンだったが、真剣になって手順を紙に書くエリウフの熱意に触れたのか、途中からは自分から捌くのが難しい魔物を紹介して回っていた。


「内臓も一応は食えるぞ」


「え……。いや、それは流石に」


「食うもんがねぇんなら、贅沢言ってんじゃねぇよ」


 エリウフは覚えた解体方法を、調理師たちに伝えて回り、その日の晩には、食卓に例のキノコと魔物肉のスープが届けられていた。


「んー。なかなかに美味ひい。良くやった、エリウフ」


「はっ」


 アンガル王が合格点を出すと、エリウフは背筋を伸ばして応えた。この食事はクロフテリアとテルストロイ、両国の初めての共同作業。代表としてワモンとモーガンも食堂に招待されたようだったが、きっぱりと断られたらしい。今はバーベルもワモンたちと合流して、向こうで肉を頬張っている。

 ひとつ距離を縮められた気がしたが、特にモーガンとエリウフは最後の方は意気投合していたようにすら見受けられたが、同じ窯の飯を食べるほど、気を許したつもりもないようだ。それとも、料理して貰うのを施しだと思って、媚びることを嫌った誰かさんが、暗に意固地になって断ったのかも知れない。


「ケイル」


「はい」


「ケイル」


「は、はい」


「ケイル」


「え、なんですか?」


「今日は1日中、どこ行ってたの?」


「え、ええっと。まぁ、色々と」


 別に話してしまっても問題は無いのだが、アンガル王に頭を下げて頼まれてしまったし、今さら言う気にもならないので、御三方には色々と質問されたが、僕はやんわりと誤魔化した。

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