第105話 協力

「良くど来てくれた、ワモン殿。無事ぶでぃで何よりである」


「そちらも、無事で何よりだ。……国を取り戻したのだな」


「ああ。ケイルやミリアルディア殿たちのおかげでな。もちろん、此処まで運んでくれた

、バーベル殿にも感謝かんひゃひている。……ほの、バーベル殿はどちらへ?」


「あいつは今、飯を食べている」


「ほ、ほうか……。ふまない、我らのもてなひが足らないばかりに」


「気にするな。あいつが大喰らいなだけだ」


 王の間に通されたのはクロフテリアを代表したワモンとモーガンの二人。その後ろで、僕とエリス様と御三方は、双方を知る付き添いとして同行した。

 急な招待だったからか、両脇に控える近衛兵たちの息は荒い。そして、武器や防具も騎士たちに押収されたのだろう、制服は着ているものの鎧は無く、持っている武器も木を削っただけの槍だった。少々、厳格さは薄れるものの、それでもテルストロイとっては精一杯のもてなしだった。


「どうかひたか?」


「あ? ど、どうもしねぇよ。テメェ、随分と偉そうにしてんじゃねぇか。お山の大将は、お山に戻ったら、面も大きくなるもんだと思ってよ」


 モーガンは腰を丸めて顎を突き出し、なんとも不良らしい悪態をついて、アンガル王にガンを飛ばす。ローデンスクールでは終始、卑怯な姿勢と見窄らしい格好しか知らなかったから、一国一城の主人として王の座に君臨するアンガル王が、どうにも見慣れない様子だった。内心では、装飾が施された城内の厳格さに、たじろいているからこその余裕の無さとも言える。


「無礼者! なんだ!? その態度は!?」


「あぁ? やろうってのか? 昆虫野郎」


 当然として看過できないと、エリウフはモーガンの高圧的な物言いに怒る。

 アンガル王が控えるよう視線を送ると、エリウフは悔しそうに引いたが、モーガンはそれを見て「出しゃばってきたくせに、ビビってんのかよ! おい!」と煽るから、ワモンは華麗にくるりと回って、モーガンの後頭部に蹴りを喰らわせ、見事に跪かせた。着地の際、無駄な力みも音もなく、ふわりと同線を描く長い尻尾が優雅にすら見えるワモンの完璧なバランス感覚に、猫の獣人らしさを感じてしまい、妙に感心してしまった。


「何しやがんだ!? テメェ!」


「黙らないなら、此処から出ていけ」


「んだと、この野郎!」


「モ、モーガンさん! 落ち着いて下さい!」


「ケッ!」


 いじけたように外方を向くモーガンは、とても交渉事が得意そうには見えない。それは知識がないとか、愛想がないとか以前の問題として、気性が荒いからだ。

 アメルダに代わって新たな頭領を目た時を思い出す。今思えば、自分でも冷静さに欠けると分かっていたからこそ、モーガンは一つも考える事なく、頭領の座をワモンに譲ったのかもしれない。


家臣かひん失礼ひつれいをひた」


「いや、こちらが始めたことだ」


「……ひて、本題に入るが。ワモン殿たちは、協力ひ合うために、遥々と樹海でゅかいを越えて此処まで来たとか」


「正確には、エリスとケイルに協力するためだがな」


 モーガンの態度も諌め、ここまで穏便に話を進めて来たのに、急に回りくどい言い方をするワモン。突き放されたような間に、少しの沈黙が流れたが、ワモンが「お前らに協力することが、エリスとケイルのためになるなら、力を合わせるのもやぶさかではないがな」と付け加えて、アンガル王を微笑ませた。

 「何をすればいい」そう不器用に聞くワモンに、アンガル王は少し考える。もちろん、相手は命の恩人なのだから、不躾なお願いをしないことは、端から前提に考えているのだろうが、何かをお願いするには、まず相手に何が出来るのかを知らなくてはならない。アンガル王は、短く共に過ごしたローデンスクールでの、クロフテリアの行動を思い出しているようだった。そして、ワモンの質問に時間を費やしているのは、彼らには魔法が使える人が少ない、いや、一人もいない事を重々と知っているからだった。

 アンガル王の立場になると、次の言葉が難しくなる。「何が出来る?」と聞くのは、言葉の最初に「魔法が使えない其方たちに」という意味が隠れているし、あまり簡単なお願いを申し出たら、それはそれで「それくらいの事しか出来ないだろう」という言葉も隠れているような気がする。

 そして、魔法が使えない者が下手に作業に混ざっても、復興に掛かる時間が増して、却って邪魔になってしまうこともある。そうなれば、クロフテリアとテルストロイで喧嘩が起こることは目に見えている。

 だが、そんな邪推を巡らせなくても、クロフテリアには誇るべき特技があることを、早く気づいて欲しかった。鉄山の屋上で一緒に食べた、あの美味しい食べ物の味を、思い出して欲しかった。

 気持ちが伝わる事を願って、アンガル王の目をじっと見つめていると、まさか想いが届いたのか、ハッとした表情を見せて答えを出した。


「ワモン殿、でぃつはお恥どぅかひながら、いま我が国では食糧難ひょくりょうなんに喘いでいる。どうかクロフテリアの力を持って、我々をたふけては貰えないだろうか」


 やった。伝わった。

 そう、魔法が使えなくたって、クロフテリアの男たちは、魔法が使える人たちよりも上手く魔物を狩ってみせる。彼らには、生きるために培った、魔術書には載っていない狩猟スキルがある。


「そんなことで良いのか。なら、直ぐに用意しよう」


「ほ、ほういほがなくても良い。今日はもう暗いのだから、是非でひ明日あひたからよろひくお願いひたい」


「分かった。明日の朝、とりかかろう。狩り獲った魔物はどこに置けばいい」


「ほれは、此処にいるエリウフに聞いてくれ。テルフトロイのほぼふべての指揮権ひきけんを任へている男だ。どうかこれからも、末長ふえながく頼りにひてやってほひい」


「頼りにするかしないかは、そいつの腕次第だ。では、今日は失礼する。アンガル王」


「ああ。では、また明日」


 ワモンとモーガンは王の間を後にした。何やらヒリヒリとした空気が流れていたけど、お互いが歩み寄っている気配も感じられて、抗争が明けて初めての正式な会合としては、悪くなかった気がする。

 さて、問題なのは、出ていく時ですら態度が悪かったモーガン。助けると約束した食料確保、魔物を狩る狩猟班のリーダーが、あの悪態なのだから、心配にもなる。

 せっかく両雄が仲直り出来るきっかけになるかも知れない大事な機会、そして、テルストロイと友好を深めれば、クロフテリアの国家樹立の後ろ盾になってくれるかも知れないのだから、モーガンにはどうぞ気持ちを切り替えてもらって、ローデンスクールにいる仲間のためにも、狩猟に勤しんで貰いたいものだ。

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