第104話 仲介
「どういうことなの?」
「す、すみません」
「謝るんじゃなくて、状況確認、急いで」
「はい!」
【
見ていない場所といえば樹海しかない。もしかして、騎士団が本隊を囮にして、別動隊を樹海から潜入させてきたのか。だとしたら、僕が見ていた本隊の騎士たちは、迫真の演技だったとしか言いようがない。
街全体を見渡す。一様に北の方角に走る兵士たちは、少し樹海に入ったところで溜まっていた。そこは、ロイド様が暴れ回って出来た、薙ぎ倒された大木で開けた場所。よく見れば、所々に焚き火の光が揺らいでいて、暗い場所では目立っていた。なんで今まで気づかなかったのか、騎士たちが撤退したのを良いことに警戒心が弛んでいた証拠だ。
でも、騎士が敵前の近くで野営してるっておかしくないか。囮の効果は一回きり、奇襲をかけるなら止まっている場合では無いはずなのに。僕は再度、目を凝らして焚き火に照らされて影を動かす人たちを見る。
火の光を反射する鎧の姿を探したが、そこにいた人はほぼ全員が半裸で、てかるのは汗ばんだ屈強な筋肉だけだった。
「ど、どうしたの?」
「あの、クロフテリアの人たちが来ているみたいです」
「はぁ!? なんで!?」
「さ、さぁ。僕に言われても」
「とにかく行ってみましょう」
「バーベルさんも」
「ああ」
レイシア様の【
「何をしに来た!? 野蛮人共!」
「とっとと此処から離れろ!」
目的地に近づくと男たちの怒声が聞こえてくる。抗争から日も浅いし、両者が出くわせば、それは喧嘩にもなる。せっかく街の中に潜伏していた呪いも浄化したのに、ここでまた再加熱したら負の感情が湧き上がって埒が明かない。
「聞いているのか!?」
と、思って先を急いでいたが、よく見ると声を荒げているのはテルストロイの兵士だけで、クロフテリアの男たちは腕を組んで黙り込んでいる。
己の肉体だけで人生を乗り越えてきた、その功績を物語る見事な胸板がピクピクと動くと、無言の威嚇にテルストロイの兵士たちはたじろいでいた。
クロフテリアの人たちは、争いを避けるために不要な言葉は使わず、かといって引き下がっても面目が立たないから、その場凌ぎに筋肉の壁を作っているように見えた。
「すみません。少し行ってきます。シェイル様、エリス様をお願いします」
「ああ」
筋肉の威嚇に足踏みする兵士たちは人の流れを淀ませ、睨み合う狭間に行くには、大きな人集りを飛び越える必要があった。喧嘩のど真ん中に連れて行くわけにもいかず、僕は少し後ろの方でエリス様を下ろしてから、一人で様子を見に行くことにした。
「ちょ、ちょっと! 落ち着いて下さい!」
「おお! ケイル!」
「元気そうだな、ケイル!」
こちらの気苦労も知らず、慣れ親しんだ屈強な男たちが、満面の笑みになる。再開を喜んでくれるのは凄く嬉しいけど、なんでこんな所に来てしまったのか、理由が知りたかった。
「頭領! ケイルが居たぞ!」
一人が後ろに首を回して大きな声で知らせると、筋肉の壁は両扉のように開いた。「頭領が待ってる。話してこい」と促されるが、今にも噛みつきそうな犬のように睨む、背後のテルストロイの兵士たちが、僕が居なくなった途端に良からぬ事をしでかしそうで、「落ち着いて下さい! すぐに戻って来ますから、喧嘩は絶対にしないで下さい! 彼らは争うために来たわけじゃ無いですから! お願いしますから、落ち着いて!」と僕は何度も何度も断っておいてから先に進んだ。
「ワモンさん!」
「ケイル。無事だったか」
魔物を狩って、食事の準備をしてるんだろう。焚き火を囲んで、香ばしい匂いを撒く男たちは、僕の顔を見て「おお! ケイル! 食っていくか!?」などと声をかけてくる。マディスカルでは敵襲だと警戒音が響いているのに、全く呑気なものだ。
「な、なんでこんな所に、待機して頂くはずだったでしょう!?」
「助けに来てやったつうのに、随分な言い草だな」
「モーガンさん!? 貴方まで!」
魔物の食料を現地調達してる時点で悪い予感はしていたが、やはり狩猟班のリーダーも同行していた。「フンッ」と鼻で笑う姿を見れば、待機を破って来たことを反省するつもりは毛頭ないらしい。
「おお! バーベル! 肉食うか!?」
「食べる、腹、減ってる」
「なっ!? バーベルさん、いつの間に!?」
さっきエリス様の所で別れたはずのバーベルが、いつの間にかに背後に立っていて、その巨体でどうやって物音をさせずに近づいて来たのかと驚いた。
僕の顔もろくに見ず、涎を垂らすバーベルは、一目散に魔物の肉を焼く焚き火の方へ、吸い寄せられていった。何も文句を言わなかったバーベルだが、毎日のキノコ料理には堪えていたようで、久しぶりの肉にガブリガブリと
まだ本隊に追いついていない人も遅れて合流しているようだが、全員を足したら約1万人くらいはいる。大方は、狩猟班とクエスト班の人たちだろう。所属を聞かなくても、その毛色の違いは、雰囲気だけでも分かる。少なくとも半裸の人たちはクエスト班か狩猟班のどちらかにしかいない。
「争い以外にも、俺たちが協力できる事はあるんじゃ無いかと思ってな」
「ワモンさん……」
「協力できる事が無いなら、それでも構わない。俺たちもすぐに引き返す」
ワモンは遠慮がちな言葉で引き返すと簡単に言うけど、此処からローデンスクールは魔力を使わないなら、夜通し走っても1週間以上はかかる長い道のりだ。そうまでして来てくれた理由は、単なる協力のためではなく、僕らを心配していたからに他ならない。余計なお世話だと門前払いするのは、とても不憫なことだった。
「ちょ、ちょっと待って下さい。今、アンガル王に事情を説明して来ますから」
「あぁ? アイツからこっちに来させろよ。それが筋ってもんだろ?」
「余計な事を言うな、モーガン」
「チッ!」
「悪いな、ケイル。任せたぞ」
「あの、なるべく喧嘩はしないように……」
「分かっている。みんな、そのつもりだ」
ワモンの口調は穏やかで、緊張感を持っているようには思えない。自分たちが此処へ来れば、どういった反応をされるかも分かっていただろうし、事前に皆にも言って聞かせていたのかもしれない。大きくて揺るがない猫の目を見ると、冷静なワモンへの信頼感が蘇ってくる。
僕は、睨み合う狭間で再度、両者に争わないよう釘を刺した後、マディスカルの方へ向けて跳んだ。
「ちょっと、ケイル! どうなってんの?」
「クロフテリアの人たちは、何か手伝えることは無いかと、協力しに来てくれたようです」
「ふふ、泣かせるわね」
「話し合えば、きっと通して貰えます。直ぐにアンガル王を探して、この事を伝えに行ってきます」
「わかった。よろしくね」
「はい」
街を隈なく探したが、外にアンガル王の姿はない。敵が来て直ぐに顔を出す大将なんて、いるはずないか。
「陛下、樹海に現れた軍勢は、クロフテリアから来たならず者たちのようです。如何がいたしましょう」
「なに? ほれは本当か?」
城に引き返し、使用人の方に王の居場所を聞く。大きな廊下、大きな両扉を開けば、王の間がある。アンガル王は玉座に腰掛け、跪いて進言するエリウフの言葉に耳を傾けていた。
「アンガルさん! あ、いや、アンガル様!」
「おお、ケイル! 良いところへ来た、
「はい! いま会いに行って来ました。彼らは戦うために来たのではなく、何か手伝える事は無いかと、協力しに足を運んできてくれたようです」
「なんだと!? んん! こうひてはおれん! ケイル、
「はい! 直ぐに!」
「陛下!? クロフテリアは国とすら認められていない、野蛮な人間たちが集まる烏合の衆。それに、先の戦いでは、陛下は何本もの矢に攻撃され……。なにゆえ、この場に招き入れるのですか!?」
事情を深く伝えてはいないのだろうか、エリウフは理解が追いつかず、王に苦言を呈する。そして、前にアンガル王の四肢を射抜いたのは、クロフテリア人であると勘違いしているようで、僕は気まずくなって、弓を隠そうと静かに後ろに下がった。
「即刻、追い返した方が……!」
「彼らは
「クロフテリアが、我々の恩人? それは一体……」
「詳ひい事は後で話ふ。今は彼らに
エリウフは納得し切れていない様子で、頭を下げた。
「何をひている、ケイル。早く行くが良い」
「は、はい!」
再び樹海に引き返す最中、たった数日でも見違えるように復興を遂げた、首都の輝きを目にすると、アンガル王の言葉に、改めて考えさせられる。あの時、狩猟班の皆がエリス様を守ってくれなかったら、エリス様がテルストロイに引き渡されていたら、アンガル王を見捨てて騎士団に引き渡していたら、精霊の声は聞けず、呪いの存在も知られず、きっと今のマディスカルの復興も、まだまだ先の事だったに違いない。
弱い者は守る。強い奴から逃げない。仲間は絶対に裏切らない。
僕はクロフテリアの信念に更なる敬意を抱いて、1秒でも早く、アンガル王の言葉を届けたくなった。
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