第103話 模索

「これで良し!」


「あ、ありがとうございます」


 ティオが言うには、浄化を付与された矢は、エリス様の手元を離れた時から、その効力が薄れていくらしい。僕に手渡す直前までエリス様が持っていなければならないという点も、重ねて非効率さを感じさせた。

 ずっと手に握っている訳にもいかないと、レイシア様は【多元収納ワーム】から、女性らしい花の刺繍が入った桃色の布を取り出して、鉄の矢を包んではエリス様の背中に括り付けた。

 一本の矢だけを背負ってるのは奇妙だが、訓練道具を持ち歩いてると思えば変でも無い。


「ありがとうな! お嬢ちゃん!」


 城へと帰る道すがら、ミリィ様は色んな人から感謝され、手を振られていた。


「ありがとうなぁ。お嬢ちゃ〜ん」


「うるさいわね」


 恥ずかしそうに小さく手を振りかえしていたミリィ様だったが、レイシア様がおちょくるとそれもやめた。

 卒業前の能力査定では、ミリィ様は歴代の記録を大きく塗り替える、魔力値10万を叩き出した。何も訓練を積んでいない人の魔力値が多くて10くらいで、平凡な魔法使いの平均値が100になる。卒業後もその量は増えているだろうけど、およそ魔法使い1000人分の力を持っているのだから、ミリィ様が手伝えば復興作業が捗るのも必然だった。

 城にたどり着くまでの間、ずっと称賛の声が途切れないから、ミリィ様は一躍、街の英雄になってしまった。

 城内に入ると、使用人の方に食事の準備が出来ていることを告げられる。食堂に着くと、既にバーベルとアンガル王は席についていた。


「すみません、遅れてしまって」


「ん? あ、ああ……」


 顔に汗が流れるアンガル王の様子には、どことなく違和感がある。何かがおかしい。そう思うのは、いつもは永遠と食べ続けているバーベルが、もう食事を終えて皿を空にしている所にもある。アンガル王の皿も空だし、何を食べていたのかは分からないが、匂いで既に嫌な予感はしていた。


「あの、アンガル王……」


 席に座ると使用人が僕らの食事を運んできてくれる。レイシア様の言いたいことは、大体、察しがつくようで、アンガル王は難しそうな顔をして気まずさを滲ませた。

 食卓に並んだ木皿には、例のキノコが数枚乗っている。与えて貰えるだけ有り難いので文句も無いのだが、昨日まで量ばかりは豊富だったのに、今は手付かずの状態でも皿の底が見えているのだから、その変化が心配になる。


「食料が足りて無いのなら……」


「ひ、心配ひんぱいはいらん! 明日あひたには何か別の対策たいはくを練る。ふ、ふまないが、今日はほれで我慢ひてくれ」


 明日には豪勢な料理を用意すると言った手前、アンガル王は後に引けない感じで、頑なに好意を受け取ろうとしない。困った顔を見れば、改善すると言う対策も、咄嗟に出てしまった虚勢であることは明白だった。


「いつの間にかにリンゴの木がなってましたってことにしようかな」


「それで良いんじゃない」


 出されたキノコを食べて、部屋に戻る。廊下では、腕を組んだレイシア様が小さなため息をつきながら呟いていた。レイシア様の【樹勢加速グリンク】ならローデンスクールでやったみたいに、すぐにでもリンゴを量産出来る。次の日になって急にリンゴ畑がなってたら、確実に怪しまれるし、その矛先は僕らに向くだろうけど、既にほくそ笑んでいるレイシア様は、疑われても白を切り通すつもりなのだろう。

 部屋に戻ると、ミリィ様とレイシア様は直行でベッドに飛び込んだ。久しぶりの快適な寝具、ここにきて数日経つが部屋に戻るたび、御二方は必ずベッドの柔らかさを確かめに行く。

 エリス様は部屋に戻って早々に鉄の矢を取り出して、浄化作業の続きを始める。


「無理しないで下さいね、エリスティーナ様。スキルの熟練度なんて、すぐに上がるものじゃないんですから」


「起きてものを言いなさいよ。失礼でしょ」


「アンタに言われたく無いわよ」


 窓を開け、窓台に座る。今はもう暗い空に目を向けて、【鷲の眼イーグルアイ】を発動させる。テルストロイの領土は殆どが森で、景色に代わり映えも無いから、特に夜になると見ている方角が分かり難くなる。

 でも、僕が見つけたい標的は、一つしかない道を進むものなのだから、首都の出口から順に辿っていけば発見するのは容易かった。


「どう、ケイル」


「国境を超えて、今も遠ざかってます。このペースだと、早くてあと5日ほどで王都に到着すると思われます」


 撤退した騎士団の動向を定期的に覗くのが僕の仕事だった。ロイド様の気性なら、目覚めた瞬間に引き返してくると思っていたのだが、2、3日経っても遠ざかっていくばかりの騎士団に、【睡眠誘導フルフローラ】だろう、意識のないロイド様に魔法をかけるジェームスの姿を見た。

 起きれば憤怒すること100パーセントのロイド様を眠らせるのは、撤退を円滑に進めるためだという事はわかるが、それは上官に歯向かう反逆行為。普通なら取り押さえられても文句の言えない行為のはずだが、他の騎士たちが居る中で堂々とそれに及ぶ姿を見れば、そして、それを誰一人として止めようとしない光景を見れば、御三方の力を見にしてもはや勝ち目は無いと察した騎士全員が、暗黙の了解で結束しているようにしか見えなかった。

 その行為はジェームス個人の意思なのか、騎士としての判断なのか、そして、冷静に勝ち目が無いと察して戦略的撤退を決断したのか、それともシェイル様に気を遣っての事なのか、家族と使命の狭間で揺れるジェームスの心労は計り知れない。


「早馬は既に王都についてるだろうな」


「さて、テルストロイの状況を知って、アルテミーナ様はどう動くかしらね」


「報復」


「でしょうね」


 呪いの目的が人間同士の混乱なら、これで争いが終わる訳ない。必ず好戦的な態度をとってくるはず、その存在を知ってしまえば、次の相手の行動も分かりやすいし、ある意味、対処はし易いのかも知れない。


「騎士団がここに攻め込んできたら、なるべく私たちだけで食い止めましょう」


「騎士だけならまだしも、雇われ冒険者がうじゃうじゃ来たら、流石に4人じゃ面倒見切れないんじゃない?」


「『白き誓い』のようなパーティが傭兵になっていたら……」


「守勢に入って防戦一方になるくらいなら、隙を見て潜り込んだ方が良いんじゃないの?」


「マディスカルを囮にして、王都が手薄になった所に潜り込むってこと?」


 無言になって考え込む。僕らの最大の目標は、最大の権力を持って混乱を生むアルテミーナ様の呪いを浄化すること。それで全てが解決する訳じゃないけど、大陸一番の勢力を呪いから解放できれば、その成果はとても大きい。

 当然、見捨てればテルストロイの被害も大きくなる。大義を見据えて、小義を捨てるやり方だ。アンガル王の言葉がチラつく。不徳の策と知っているからか、言い出しっぺのレイシア様はベッドに横になって、こちらを見ない。


「敵襲だー!」


 木の板を打ち鳴らす、古典的な警戒音が夜のマディスカルに響く。

 ついさっきまで【鷲の眼イーグルアイ】を使っていた僕に、みんなの視線が集まる。敵の感知に関して、僕がテルストロイの警備兵に遅れを取ったのが信じられないといった表情だった。

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