第102話 自由行動
「【
比較的に被害の少ない路地裏は、復興作業に忙しく無いので、人通りも少ない。今は誰も使っていなさそうな、ちょうど良い階段があったので、道を塞いでみんなで腰掛けた。
「……はぁ」
「……見た目には、あまり変わりがありませんね」
エリス様はティオの言う通り、全く無反応なただの鉄の矢を浄化し続けていたが、20分経っても青鉄色の矢はそのまま、変化を見せなかった。
《いえ、力は着実に伝わっています》
「……あ、よく見たら、矢先が」
シェイル様の指摘で目をやると、矢先のほんの僅かな部分が、灰色に変色しているのが分かる。もしかして、これが清められていく目印なのだろうか。この変色が全体に回った時が完了の合図なら、あと何十時間続けなきゃならないのか。考えただけで遠い道のりに、僕らの顔は青ざめた。「地味だなぁ」と本音を漏らすミリィ様の頭を、レイシア様は軽く叩いた。
《鍛錬あるのみでございます。続ければ力は強くなって、時間も短くなります》
「申し訳ございません、皆様。少しお時間を下さい」
エリス様は集中し直して、再び【
一本の矢にこれほどの時間が掛かるなら、正直に言って効率が悪すぎる。一本の矢にどれだけの可能性が有るかは分からないが、たった一撃で事態を収拾させる可能性に賭けるなら、エリス様をアルテミーナ様の元まで運ぶ大変さと変わらないし、後者の方が確実なのだから、そっちの方を考えるべきだろう。
期待の空気は薄まったが、それでもエリス様の浄化作業を止めないのは、それ自体が鍛錬になるとティオが言うから。魔王との戦いにはエリス様自身の力も必ず必要になるわけだから、特訓を否定する理由もなかった。
僕的には、シェイル様の盾に精霊様の力を付与させた方が、万が一の時に役に立ちそうな気がするのだが、頑張って鉄の矢に念を込めるエリス様を見ると、矢よりも大きい盾を勧めるのは、なかなか進言し難かった。
「王都の城壁って、どっかに忍び込める場所って無いかしら」
「あるわけないでしょ」
「ミリィ、王都の障壁魔法、壊せる?」
「……やろうと思えば出来るけど。王都に住んでる人たちを、ドロドロに溶かして良いならね」
「はぁ……。じゃあ真っ向から騎士団とぶつかって、全員倒して、城を落として、リングリッドを征服するしかないわね」
「どこの魔王よ。それ」
考えることに疲れてきたレイシア様は、少し気分が緩んできたようで、気怠そうに冗談を言う。
「少しのあいだ、自由行動にしましょうか」
「賛成。たまには一人にならないと、気が休まらないわ」
「じ、自由行動ですか? では私は……?」
「自由なんだから、自分の行動くらい自分で決めなさい。じゃあ日が落ちる前に、ここに集合しましょう。……ケイル」
「はい」
「貴方はエリス様の護衛を。何かあったら、矢で知らせてね」
「はい。わかりました」
レイシア様の提案にミリィ様はすぐに賛同して、集合の時間と場所も聞いたのか分からないくらいに、足取り軽く行ってしまった。
「……シェイル様は、何処かに行かれないのですか?」
「……私もエリスティーナ様を護衛する」
クエストが始まったら、離れる事なんて物資調達かトイレの時くらいなものだから、こういった本当に何の制約も無い自由時間は、特殊な遠征ならではで、初めての感覚だった。シェイル様はレイシア様と共に立ち上がって歩き出したが、持て余した時間に当惑して、僕らの前の道を右に左に通り過ぎたかと思えば、結局は階段の元の位置に座った。
エリス様は集中力が切れては首を振って雑念を消し、また集中するを繰り返している。護衛するのは当然だけど、ずっと座ってるだけなら暇を貰っているのと変わらない。
二つ隣の通りで悲鳴が聞こえた。【
氷に向かって手を翳す人を見れば、誰の仕業かはすぐに分かる。騒然とする人たちをよそに、顔色ひとつ変えずに髪を手で払うミリィ様は、周りから盛大に感謝され、照れ臭そうに眉間にシワを寄せた。褒められるのが嬉しかったのか、それとも周りに煽て上手の人が居るのか、ミリィ様が指をくるくると回すだけで、大きな木材は風船のように浮いて、必要な場所へと運ばれていき、復旧作業の素早さがぐんと上がった。
離れた場所にあっても、街の象徴である城の両脇に控える一際大きな木は良く見える。以前は大きなクリスタルが埋め込まれていて、城の防壁を担う大事な役割を果たしていたのだが、侵略する側からすれば邪魔者以外の何者でもないわけで、今朝は砕かれたクリスタルが散らばり、ロイド様が開けたとしか考えられない穴があった。
しかし今、その穴が見る見るうちに塞がっていく。何が起こっているのかと木の根元の方を見ると、そこには魔力を放出して青い髪を浮かせる、レイシア様の姿があった。
もしかしたら違うかもしれないけど、レイシア様が樹木を操作するのを見ると、【
その後もレイシア様は、防壁魔法の術式を刻んでいく兵士たちを観察し続けていた。目を輝かせているのは、面妖なテルストロイ独特の魔術が、レイシア様の知識欲を掻き立てているからだろう。城を守る重要な防壁魔術は、門外不出の秘術とかじゃないないんだろうか。穴の開いた木を修復してからというもの、しれっと作業に参加して、情報を書き出しているレイシア様が恐ろしい。
「ただいま」
「おかえりなさい」
空が夕焼け色に染まる頃、レイシア様とミリィ様はそこはかとなく満足気に戻ってきた。
「結局、復興のお手伝いしてたんですね」
「あら、見てたの? エッチ」
「な、なんでそうなるんですか」
息を切らしたエリス様に、みんなの視線が集まる。手に持った鉄の矢は、分かりやすく先端が灰色に変色し、染み込ませたような鈍い光を放っていた。
「こ、これだけ……。これだけなんて……」
不甲斐なさに涙を流すエリス様に、レイシア様は無言で肩に手を置いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。