第101話 願い
「……また、これ……?」
「黙らないと、その口、縫い付けるわよ」
「ふまないな、もてなふと言っておきながら」
「い、いえ、とても美味しいですよ……ホントに」
熱りが冷め、次第に落ち着きを取り戻していく首都マディスカル。食事は全て城の中の食堂で頂くのだが、毎日3食が青と赤が傘で入り混じるキノコ。焼いたり、蒸したり、煮込んだり、色々と工夫を凝らして出てくるし、皿から出るほど山盛りで量も申し分ないのだが、どうにも味が全く同じとしか思えない。とういうかキノコ以外の味がない。焦げたキノコの味か、香り高いキノコの味か、スープに染み込んだキノコの味しかしない。
用意して頂いておいて不満を漏らすミリィ様じゃないが、こうも毎食にキノコだけだと、繊維の弾力が鬱陶しくもなってくるし、力も湧いてこない。
今さっき樹海から削り出してきたような木皿は、どう考えても王室御用達とは思えないし、塩気も感じない料理から察するに、一切の調理器具や食材も騎士たちに押収されたのかも知れない。用意して貰ってるだけ有難いと思って、残さず食べた。
「失礼ですが、アンガル王。もしかして食料が不足しているのでしょうか」
「
「し、しかし」
「
「私たちに出来ることなら、お手伝いしますが」
「
アンガル王の言い分はご
僕らの早急の目標は、アルテミーナ様の呪いを解くこと。テルストロイの解放がひと段落したのなら、僕らは先を急ぐべき、なんだろうけど。
「第一に
「い、いえ。そんな滅相もございません」
アンガル王は協力することを惜しむつもりは無いらしい。レイシア様たちの協力を断ったのも、恩を返すべき相手にこれ以上の借りを作りたく無いと、思ったからなのかもしれない。
黙るバーベルは単純に必要最低限意外の物は欲しいとも思わない感じだが、直ぐに丁寧に断って見せるレイシア様たちは、当然として社交に慣れたご様子で、こういう時は遠慮するのがマナーである事を重々弁えていらっしゃる。もちろん僕もエリス様も、同じように黙っていた。本当のところ、竹に代わる別の弓が欲しいわけだが、口が裂けてもこの場では言えなかった。
「で、でしたら。一つだけ、アンガル様にお願いがございます」
「なんだ? 何でも言うが良い。遠慮はいらない」
綺麗に意見がまとまったかのように見えた静寂を打ち破り、図々しくも所望を押し付けるのは、なんとエリス様だった。
不躾な真似をしてまで、エリス様が欲しがるものとは一体なんなんだろうか。お金や地位を欲する人でもないし、まさか「お肉が食べたい」とか。馬鹿馬鹿しい発想だが、僕ですらキノコに飽きて肉を欲しているのだから、食いしん坊なエリス様なら、もっとその気持ちは強いはず。あり得ないことではなかった。また、その程度のお願いなら、可愛いものだから、むしろそんなお願いであってくれた方が良いと思う自分もいた。
「クロフテリアと国交を結んでは頂けないでしょうか」
食堂は少しのあいだ静かになった。対等な立場かどうかは交渉次第だが、国として交際を認めるということは、少なからず互いが互いの国を主権国家として認めるということであり、それはつまりクロフテリアが持つ領土権の主張と活動を容認するという事になる。
確かにテルストロイがクロフテリアの後ろ盾になってくれるなら、クロフテリアにとっては有益なことしかないだろう。国交の約束を取り付ければ、助けて貰った恩も返せるかも知れない。でも、呪いの影響とはいえ、つい先刻に抗争していたにしては仲直りが早すぎる気がするし、第一にエリス様にクロフテリアの未来を決める権利は全く無いのだから、また何とも大胆なお願いである。
バーベルは人一倍に多く盛られたキノコ料理を頬張っている。貴方の国の話なのだから、少しは手を止めて欲しい。
「
「は、はい。出過ぎた事を言って、申し訳ございません」
「謝る事はない。い
アンガル王は他にも願いを聞いてきたが、今度こそは皆が無言になって、遠慮をした。小さい皿にいくら盛られても物足りないのか、いまだにおかわりを続けるバーベルを置いて食堂を後にした。
「とりあえず、適当に歩きましょう。エリスティーナ様」
「はい」
アンガル王にはああ言われたが、大義のためにと言われても、復興に勤しむ人たちを無視して街を出るのも、部屋の中でじっとしているのも何だか気が引けて、見つけそびれた呪いが無いか、再調査する名目で僕らの足は、自然と外に向かって行った。
「ゆっくりしてろって言われてもねぇ」
「……リングリッドに向かいますか?」
「うーん」
「その前にアルテミーナ様にどうやって近づくか、ちゃんと考えておかないと」
「それなんだけど、少し試したいことが有るのよね」
「試したいこと?」
「精霊様の浄化の効力が、付与できる力なのかどうか」
全員は目には見えない精霊様に問うように、空を見上げた。
《とても時間が掛かると思われますが、不可能ではありません。【
「た、例えばこの矢なんかを清めることは?」
《可能です》
レイシア様は僕の矢筒から、せっかくとっておいた最後の鉄の矢を一本とると、空に掲げてティオに見せる。光明を見つけたかのように明るくなる目は、期待を込めて僕に向けられた。
精霊の力を使い清めた矢で、呪縛された対象者を射抜けば、浄化の効果が得られる。期待の込められた目は、もしも清められた矢を手に入れられた時には、僕にアルテミーナ様を射抜けと言っているのだった。
「本気ですか……?」
「遠距離から精霊様の力を届ける術があるのなら、使わない手は無いでしょう。目の前に世界一の弓使いが居るなら、尚更」
次に期待の視線を向けられたのはエリス様。挑戦してみることを勧められると、「私に出来るでしょうか」と自信なさげにレイシア様から矢を受け取った。
「【
両手で矢を持ち、意識を集中させるように呼吸を整え、いざ魔法を称えたが、いつも見られる神々しい光も、暖かさも無い。
「あ、あれ?」
《やめてはいけません。エリスティーナ。そのまま、続けてください》
「は、はい。【
それらしい反応が無いのは、矢に浄化する要素が含まれていないからだろうか。貯水槽の水を浄化した時は虹色に輝く霧が発生したが、今はそれもない。目に見える威光もなく、道の真ん中で必死になって矢に祈りを捧げる姿は、滑稽にも見えてきてしまう。周りの人に白い目で見られる前に、「エリスティーナ様、場所を移しましょうか」とレイシア様は勧めた。
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