第98話 解放

「じゃあ、これからは本当にケイルとして生きてくのね」


「はい」


「それがアミルの……ケイルの新しい人生か」


「ケイル君」


「はい」


「ケイル……なんだか言い難いわね」


 御三方にそちらの名前を言われると、なんだかむず痒いけど、それも時間が経てば、慣れていくものなんだろうか。呼ばれる名前が変わると、改めて従者として生きていくんだという決心も強くなっていく気がした。


「……そういえば、ロイド様は?」


「捕まえようとしたんだけどね。騎士たちがバラバラに逃げちゃって、まんまと撹乱させられたわ」


「アンタにも見せてやりたかったは、あの逃げっぷり。ところ構わず【炎槍射出ファイアスピア】散らして、私がいなかったら大火事になってわよ」


「指揮官を連れ帰るために、向こうも必死だったのでしょ」


「全く、私たちは味方だっつうのに……」


 【鷲の眼イーグルアイ】で改めて周りを確認すると、半径100メートル以内の大木が全て薙ぎ倒され、僕らはその隙間にいるとわかる。

 倒木は壁となり、折り重なった部分だけが隙間になって、巨大な迷路を形成していた。ここを騎士団たちが散開して逃げたすれば、僕の【鷲の眼イーグルアイ】が無いかぎり、居場所を特定するのは難しそうだ。それにミリィ様が消火に当たった痕跡だろう、通り雨が過ぎたように濡れた地面に、僕のいる場所だけが乾いているのを見ると、シェイル様が【不変の領域ゴールデンサークル】を展開させて、僕を守る事にも気を遣っていたのがわかる。


「では、ロイド様の呪いは……」


「そのまま。いや、アンタに負けて、余計に憎悪が増してるかもね」


「ごめんなさい。せっかく頑張ってくれたのに」


「い、いえ」


「それにしても、まさかロイド様にも呪いがかけられているとは思いませんでした」


「そう? 精霊様の話を聞いた後じゃ、私はやっぱりかって感じだったけど」


「また何か問題を起こす前に、ロイドの呪いも解いてあげなくちゃね」


「それなら騎士たちもね。誰かさんに追いかけ回されて、きっと負の感情が湧き上がって呪いにも感染してるはずだから」


「誰かさんって誰よ? まさか私に言ってるわけ? 追撃するって決めたのはアンタでしょ!? 他に方法が無いとか何とか言ってさ」


「あの状況じゃ被害を最小限にするためには、私たちで何とかするしかなかったでしょ。そうじゃなくて、もっと穏便に出来たって言ってるの。あんな、これみよがしに脅さなくても良かったの」


「じゃあ、アンタならどうやって騎士団を追い返したっていうのよ!」


「ま、まぁまぁ、お二人とも落ち着いて……」


「シェイルは黙ってて!」


 ジェームスの時もそうだったが、忠義に厚い騎士は、きっと魔王だの精霊だの言われても聞く耳を持たなかったと思うし、他に方法が無かったと言われれば、その通りだと思う。でもまぁ、ミリィ様の爆炎は少々、やりすぎにも思えるけど。


「……エリスティーナ様」


「はい」


「負の感情を湧き立たせている所を見ると、どうやらミリィ様とレイシア様は呪いに侵されているようです。どうか浄化して頂けないでしょうか」


「「ちょっと!? なに言ってんのよ!?」」


「あ、あの。僕はもう大丈夫なので、移動しましょうか」


 仲が良いのか悪いのか、喧嘩していたのに、お二人は声を揃えて言う。喧嘩が本腰になる前に、僕は次の行動を促して話をはぐらかした。

 僕らは首都マディスカルに入る。閑散とした街には、殺伐とした空気を作っていた監視役もいなくなり、舗装されていない土の道には、街の外へ向けた無数の足跡が並んでいる。どうやら指揮官を失った騎士団たちは、祖国に帰っていったらしい。


「国民よ! 騎士きひたちは去った! もう安心あんひんひてよい!」


「アンガル王……」


「陛下だ! 陛下がいるぞ!」


 アンガル王が声高らかに凱旋すると、家の中から次々と住民が顔を出した。恐る恐る外に出てきては、騎士の姿が無い事を確認すると、分かりやすく嬉しそうに微笑む。

 国民に囲まれ、アンガル王の姿は見えなくなった。王の帰還、騎士の撤退は瞬く間に街中に知れ渡り、歓喜の声が四方から響き渡る。


「……あ」


「あ……」


「おい、お前!? 何でこんな所に!?」


 一人の男と目が合うと、記憶が勢いよく呼び覚まされる。指揮系統を無くすため、騎士に消すよう命令されたのか、今は国民全員の顔のペイントが無くなっているが、驚いて眉間にシワを寄せた顔は、樹海の中で追いかけてきたテルストロイの兵士だった。外出を規制されていたせいか、出会った時よりも筋肉が痩せているように見える。


「おい、陛下の命を狙った奴が此処にいるぞ!」


「え、いや……」


 怖い顔をした男たちが、僕とエリス様を捕らえようと詰め寄る。彼らかして見れば、僕らの印象は1ヶ月半前から変わらない。


「ちょっと! それが恩人への態度なわけ!?」


「だ、誰だ!?」


「あ、あの、ミリィ様……ここは穏便に……」


「アンタは黙ってて! 良い? 今こうしてアンタたちが自由に外を歩き回れるのは、ここにいる最強の弓使いがロイドを倒してくれたおかげなの! 敬服しなさいよ! バカ!」


「バッ……!?」


 僕らを助けようと割って入ったミリィ様は、テルストロイの兵士と顔を近づけて睨み合う。どう事情を説明したものか、迷っていたら余計に険悪な空気になるので、それがまた焦らせる。


「まて!」


「ア、アンガル王」


「ほの方たちは、わたひの命の恩人おんでぃんなのだ。無礼を働く事は許はん。良いか、この方たちは国賓として迎え入れるのだ。ほう皆にも伝えよ」


「こ、この者も、ですか?」


「ああ、そのお方も|私(わたひ)の恩人だ」


「は、はい。了解致しました。し、失礼致しました」


 アンガル王が仲裁すると兵士は頭を下げて態度を改めた。バーベルはゴブリン系の亜人種、奴隷として買われる事が多いからか、それを命の恩人と称する王に困惑した兵士だったが、結局は了承して下がっていった

 自由を取り戻した国民は、何が無くなり、何が破壊されたのか、被害の程を確認するため、各々が自分の所有物を見て回っていた。


「陛下!?」


「おお、エリウフ!」


「え、あ、はい……」


紹介ひょうかいひよう。わたひひん信頼ひんらいをおく、エリウフ・ハーウェイだ。テルフトロイ軍の全指揮でんひきを任せている」


 緑色の髪を持った20代後半くらいの精悍な男は、僕がアンガル王の四肢を射ち抜いた時に、盾にされていた側近だ。

 アンガル王の気さくな挨拶に、エリウフは少し戸惑った反応を見せ、紹介を受けると、こちらを見て小さく頷く。忠誠心のある人なんだろう、頷いた際、腰のベルトに引っ掛けた弓を発見すると、アンガル王が射抜かれた事を思い出したのか、僕は軽く睨まれた。弓を使う人は少ないし、主君を思えばこそ、手当たり次第に嫌う気持ちも分からなくも無い、というか射抜いた張本人だし。僕は気まずくて視線を逸らした。


「エリウフ、民を城の前に集めてくれ。話さなければならない事がある」


「はっ!」


「エリフティーナ、其方ほなたたちはわたひと共にひろへ来てくれ」


「はい」


 アンガル王に促され、僕らは一先ず城内に入る事にした。後ろを振り返ると、またエリウフの戸惑う顔が見えた。自ら気遣って部下の紹介をし、城内へと案内する姿は、以前のアンガル王からは想像もつかない程の謙虚さだったんだろう。

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