第96話 一矢
ロイド様の敵意は僕だけに向けられている。周りへの被害を無くすため、怒りに身を任せたロイド様の斬撃を避ける度に、大木が切り倒される振動音を背中に感じながら、さらに深く樹海に潜って行く。
息を荒げるロイド様は、ローデンスクールで見たアンガル王のように、我を見失つつあるように思えた。
背中を向けていても、空中にいる僕に向けて斬撃を喰らわせようとするロイド様の姿が、【
【
僕を狙った斬撃は、大木の樹冠だけを剥奪して空へと消えた。ロイド様を包んだ煙幕は一振りで吹っ飛ばされたが、死角に身を潜めるには、その一瞬で十分だった。
右に左に辺りを見渡し、僕を探すロイド様。【
【
一本で無理なら、【
【
複数の矢が同時に飛んでくる音を聞いたロイド様は、地面を強く殴りつけて強風を巻き起こす。威力の弱い【
「手加減して勝てると思ってんのか!? クソ野郎がぁ! 【
ロイド様の大きな一振りは、ロイド様の視界にあった20本の巨大な木を切断した。巻き起こった強風に体を転がした僕の上から、切り倒された木が落ちてきて、【
どうやら僕が執拗に右腕ばかりを狙っている事に気づいたロイド様は、手加減されている事にさらに立腹して、この破壊力を見せつけてきたようだ。
こちらの狙いがバレたとしても、それで相手がイライラしてくれるなら、僕はやっぱり右腕だけを狙う。
しかし、その後も多様なスキルの矢を放ったが、あともう少しの所まで行くと、ロイド様は地面を殴りつけて強風を起こし、僕の矢の軌道を逸らしてしまう。その地面殴りはスキル技でも何でもなく、ただの拳の風圧。こちらが必死に技を繰り出しても、圧倒的な腕力で一瞬のうちに払われてしまうのだから遣る瀬無い。
何をしても通用しないせいで、焦りが生まれる。このまま僕一人で戦っても時間の無駄なような気がしてくる。【
でも、どうしても声が出ない。助けを求める惨めさが、ロイド様には勝てないと認めることが、悔しくてたまらなかった。こんなに誰かに勝ちたいと思ったことはない。誰のためでもなく、自分のために勝たなきゃいけない勝負なんだと、心の中のもう一人の自分が叫んでる気がする。ここで引いたら、一生、自分の決意を信じられなくなる。
その時、僕の中で何かが跳ね上がる感触があった。体の底から力が湧いてくるような感覚。腕が軽い、足が軽い、体が軽い。戦っていた疲れすら減っていく。
これが火事場の馬鹿力というやつだろうか。負けたくないとい闘志が、僕の何らかの固有スキルを覚醒させたんだろうか。
と、思ったけど……この感覚は、僕は何回も目にしてきて知っている。エリス様の配下に加わった御三方や、バーベルの能力向上にもそっくりな反応があった。
「はぁ……」
僕の力が向上したということは、きっとエリス様に僕の本名が知れたんだろう。僕を心配した御三方の誰かが、【
【
今は何も考えず、ロイド様に勝つことだけに集中しよう。この恥ずかしさも、気難しさも、もやもやとした心の煩わしさも、全部が全部、目の前のロイド様を倒せば解消される。そう信じよう。
一本で良い。圧倒的な力を上回るのは、針の穴に糸を通すような、刹那の隙に入り込むたった一本の矢。僕の全身全霊、全ての経験を束にして、一矢報いてやるんだ。
大きく深呼吸した後、僕は【
こちらの姿を晒さなければ、危険性は減るけど、相手も警戒心を高める。それでは隙は生み出せない。隙というのは圧倒的な好機にこそ生まれるもの、絶対に成功すると思った瞬間に現れるものだ。僕を目視させ、僕のピンチを餌にして隙を作る。
「フッ。死ぬ覚悟は出来たか?」
「そんな世迷い言は、一度でも僕に攻撃を当ててから言ってください」
「何なんだよ! その態度は!? テメェはもっとウジウジとしてりゃ良いんだよ!」
「貴方の指図を受ける筋合いは、もうありません」
「だったら死ね! 今すぐ殺してやる!」
強い踏み込みで足元の大木が砕かれると、天高く跳ねたロイド様は、大剣を振りかぶって落ちてくる。縦に落ちてくるだけの剣は、躱すだけなら容易だが、抵抗もなく振り下ろされれば衝撃波が怖い。少しでも力を殺すため、避けるギリギリまで【
目一杯の強風を背中に当て、大きく円を描くように、ロイド様の周りを走りながら矢を放つ。400、500と飛んでくる矢に、ロイド様は大剣を振り回して、全てを叩き折る。
「何度やっても同じことだ!」
普通の矢の中に混ぜた【
「小賢しい!」
進路を変えて、一気にロイド様に向かって走る。僅かに遅れた反応を取り返させ無いよう、【
「テメェの貧弱な矢じゃ、俺は倒せねぇんだよ! バカが!」
剣の振りが間に合わなくなると、やはりロイド様は地面を強く殴り強風のバリアを張って難を凌ぐ。その対処法がある限り、どの角度から矢を放っても無意味に思える。でも、それで良い。僕の攻撃を
ロイド様の背後に【
「くっ!? ……調子に乗るなぁ!」
怒りも頂点に達したロイド様が一回転して遠心力に乗せて剣を振ると、一つの輪が波紋のように広がり、重力を生み出していた矢をバキッと折る。
僕は一切足を止める事なく、斬撃の波紋も、膝をついて滑らせながら、腰を反って避けた。
様々な技を出して、二度三度と先手を取った。ロイド様の反応が半歩遅れている状況、急激に距離を縮めた今が、僕に許された最初で最後の好機。これをのがせば、次こそ警戒して二度と隙は作ってくれない。
矢を弦に掛けたところで、ロイド様の斬撃が飛んでくる。
もはや避ける気も無く突っ走った僕は、右腕を切断された。
激痛が脳を支配する。
吹き出す血を見て、ロイド様は勝利を確信してほくそ笑んだ。しかし、その油断こそが僕が欲しかったもの。僕は歯で矢尻を噛み、左腕を精一杯に伸ばして弦を引いた。右腕がなきゃ、もう矢継ぎは出来ない。僕にとって最後の【
「僕は負け犬なんかじゃない! 今それを貴方に証明してやる!」
刹那に生まれた決定的な遅れ。弓も放り投げて懐に潜り込むと、残った左腕を【
風を纏いながら強烈な勢いで加速した僕の拳は、ロイド様の顔を歪ませ、吹っ飛ばした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。