第95話 悪尉

「エリス様!?」


 衝突した斬撃は切れ味を見せずに爆発した。威力のある魔力は、形状を失って爆発することが多々ある。その衝撃をみれば、エリス様に放った斬撃が、今までで一番強力だった事が分かる。

 なぜ僕では無く、エリス様を狙ったのか。まともな人間の行動じゃない。女性だと分かっていても躊躇なく攻撃を喰らわせる、その神経が僕には信じられなかった。


「落ち着け、アミル!」


「え……アミル……?」


 煙の中から現れたのは、シェイル様の【不動の盾ゴットハンド】。強固な防御力を誇る盾には、斬撃の切り傷がありありと残されていて、修復に時間がかかっているみたいだった。


「ちょっと、危ないじゃない! 何考えてんのよ!」


「このクソ虫が! 死ね! 死ねぇ!」


 シェイル様の後ろにいたミリィ様の言葉も無視して、ロイド様は【不動の盾ゴットハンド】に向かって何度も何度も斬撃を放つ。


「くっ!?」


 酷い怪我を負っても、すぐに治癒魔法をかければ良い。エリス様への攻撃を止めるため、そんな単調な考えで、僕は肩ごと持っていくつもりで鉄の矢の【渾身の一撃パワーショット】をロイド様に放った。

 直感的にこちらの敵意を察したロイド様は、再び矢を無力化させるため剣を振るった。しかし、威力を増した【渾身の一撃パワーショット】は速さを失い切らず、刃に当たると爆発を起こした。

 力加減もしなかった矢に少しだけ心配もしたが、煙の中から現れたロイド様は全くの無傷で立っていた。結果を見れば、ロイド様が着用している騎士の鎧には、魔力を注ぐ事によって装甲が硬くなる【魔力硬化カムプレート】が付与されてると分かる。

 ロイド様の目は紫色に光り輝く。それはアンガル王が乱心した時に見せたものとそっくりだった。ここまで露わになると、呪いを見極める目がなくても異常には気づく。


「ケイル!」


「エリス様!」


 幾つもの傷を抱えながら、シェイル様の盾は持ち堪えていた。エリス様の無事を確認して、つっかえた息がふっと出る。

 ロイド様にも呪いがかかっていると、エリス様は言った。なら、人の心を疑うような攻撃も、侵食した呪いがさせている事なのか。レイシア様の鑑定には、【精霊の恩恵アウディーティオ】の中に「闇を引き寄せる」とあった。エリス様が姿を現した途端に過剰に反応したのは、ロイド様の中にある呪いが引き寄せられている、もしくは拒否反応を示している証拠なのかも知れない。


「何故だ……何故、お前がここに居る……。貶めた本人が、なぜ共に居る」


 力を放出して少しだけ気が済んのか、何かを払うように首を振ったロイド様は、背中を丸めて問いかける。


「お、貶めた……? いったい何の話ですか?」


「……フッ、心当たりが無いほど、お前には罪悪感というものが無いのか。お前も相当なクズだな。……それとも、まさか……アミル、お前は王女から何も聞かされていないのか?」


「ア、アミル……? 彼の名はケイルです」


「ケイル……?」


 戸惑うエリス様の顔と、面目ない僕の顔を交互に見て、奇妙な動きを見せるロイド様は、人間の顔とは思えないほどのシワを作ってニヤける。


「ふはは……てっきりアミルの方が騙されていると思ったが、どうやら聞かされて居ないのは王女様の方だったようだな」


 負の感情の湧き上がりそうな場所を嗅ぎ当てるように、ロイド様は核心を察して僕の方に顔を向けた。


「お前は事情を聞いたのだろう。俺とエリスティーナの密約を。何故だ? なぜお前はエリスティーナと共にいる? ……まさかエリスティーナに同情しているのか?」


「ケイルは護衛の役目を引き受けてくれた、私の従者なのです。ロイド様、人違いをされて居ませんか?」


「じゅ、従者……? フフフ……フフフフ、ハッハッハッハッ! ハーッハッハッハッ!」


 こちらの気持ちなど、こちらの苦労の日々など微塵も配慮せず、ロイド様は背骨を反らせて高笑いする。


「クク……よりにもよって……アミルが……従者……クククク!」


 僕の名前を訂正しないロイド様に、エリス様は不安な表情で僕を見る。視線を合わせようとしない僕に、無言の時間が長くなるにつれ状況を把握していくエリス様は、呼吸を浅くしていった。


「覚えているだろう、エリスティーナ。お前を牢屋から出した時、俺が告発した罪人の名を!」


「黙れ……」


「そこにいる男が、お前が罪を着せた……」


「黙れって言いてるのが聞こえないのか!? バカロイド!」


 普通の矢を放つと、ロイド様は簡単に手で掴んで折る。


「あぁ? なんて言った……?」


「お前はどうしようもない馬鹿だと言ったんだ! 暴力しか取り柄のない間抜けが、偉そうにするな!」


 生まれて初めて目上の人間に暴言を吐いた気がするのは、言った自分が自分の言葉に一番驚いているからだ。

 怒りの魔力を噴出させ、強風がロイド様を取り巻く。その風に紛れてケタケタと笑う黒い影が見えた。


「お前は、人の上に立つ資格のない人間だ! あの時言われた言葉を、そのままお前に返してやる! お前の方こそ、無能な負け犬だ! こ、この野郎!」


 話を逸らすように、エリス様から標的をずらすように、震える声で出来る限りの挑発をした。

 地面が割れ、風の音が聞こえる前に、剣を振り被ったロイド様の姿が目前に現れる。後ろに体を反らせて、顔面スレスレに剣を躱す。そのまま仰向けに倒れると、上からロイド様の拳が降りてきて、咄嗟に【風速操作ウェザーシェル】で横から風を吹かせて転がった。拳に圧縮された空気のせいで、触れる前に地面が深く吹き飛んだ。

 腕を下に伸ばした状態から、グラっと体を起こすロイド様の顔は、肌を薄黒くさせて殺意に満ちていた。もはや手加減は無い。本気で僕を殺しに来ている。

 命を奪わないように戦って、気を遣っていて勝てる相手だろうか。そんな不安が、目の前の恐々としたオーラに引き出される。

 落ち着け。落ち着け。落ち着け。

 体力では劣るけど、命中力なら負けないんだ。冷静さを失って集中力を欠けば、僕の唯一の取り柄は簡単に無くなってしまうぞ。

 無心を心がける僕の周りとは対照的に、感情を剥き出しにするロイド様の周りでは、ひゅうひゅうと吹く風が嘆きのようで、不気味な騒音を響かせていた。

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