第94話 対峙
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狂ったように怒号を響かせていたロイド様が、ピタリと静まり返る。屋根伝いに移動する際、【
さらに鋭敏な者なら、匂いや音で的確に位置を特定してくるだろうが、ロイド様にそこまでの繊細さは無い。誰かが不穏な動きをしていることは分かっても、具体的に何処にいるかまでは分からず、四方を見渡していた。
もう一度【
「誰だ!? 何処にいる!? 姿を現せ!」
空に向かって吠える指揮官に、騎士たちはたじろぐ。不審者の存在を確信したようだ。それでいい、不意の接触で下手に慌てられても、他の人の被害が増すばかりで採算があわない。分かりやすい風は挨拶代わりのつもりだった。
そして、この矢を見せれば、ロイド様は直ぐに僕だと分かるだろう。放てば、もう後には引けない。
震える手を強く握り、深呼吸をする。
迷うな。迷えば、すぐに殺される。
ロイド様を退かせる。今はそれだけに集中しよう。やるんだ、自分の誇りを取り戻すために。
発射点を悟られないよう真反対に木の矢を放つ。【
矢を見たロイド様は、右の口角だけを上げてニヤける。殺意と共に体から溢れ出る魔力が、威圧的なオーラを垂れ流している。
【
その目を見た瞬間、決意は簡単に揺らいで、硬直した僕の体は意図もせず少し後ろに下がった。
冷や汗が止まらない。蛇に睨まれた蛙。こんな状況で向かって来られたら、対処することもできない。落ち着く時間を稼ぐため、相手に震えを悟られぬよう、僕は閉じる口に力を入れて、ロイド様を見る視線を外さなかった。少しでも機嫌を損ねないよう、見ないようにしていたロイド様の目、意気地のない心が、他の場所を見るよう眼球を誘惑する。
僕の目が気に食わないロイド様は、勝手に怒りを増幅させて、眉間の血管を浮き立たせた。
無言のまま樹海へ跳ぶ。特に何かを伝えなくても、ロイド様は独断でついて来てくれた。
「……よう。負け犬。こんな所で何やってんだ?」
無数に並ぶ大木が珍しく開けた場所で立ち止まる。2人きりになって久しぶりに交わした言葉は、最後に別れた時と同じで、負け犬呼ばわりの冷めた挨拶だった。
「ロイド様こそ、こんな所で何をしてるんですか?」
「おいおい、いつから俺様の質問を無視できるほど、お前は偉くなったんだ?」
「……相変わらず、何も変わっていないようですね」
「あぁ?」
ロイド様の目が血走り、恐ろしい形相はさらに影を深くする。……怖がるな。安い挑発で平常心を失ってくれるなら、こちらとしては有難い。
「なんでテメェがここに居るかは知らねぇが、丁度良い。お前をぶっ飛ばして、憂さ晴らしにしてやる」
「……聞きましたよ。ミリィ様たちが、僕の追放を了承してたなんて、嘘だったんですね」
「……フッ。会ったのか、あいつらに」
「どうして、そこまでして僕を追放したかったんですか?」
「どうして? ただお前のことがムカついただけだ。お前の顔を見ると、今すぐにでも捻り潰したくなって仕方がねぇ。貴族でもない、大した力もねぇくせに、アイツらに信頼されて……。俺はお前の何もかもが気に食わない。それだけだ。お前を追放する理由なんざ、それだけで十分なんだよ」
納得出来なくても、理由があるならそれだけでも救われるような気がしていた。最低な理由でも、否定できるだけ有ってくれた方が良かった。でも、僕を嫌うことに理由すらないと聞いて、後悔や怒りを持つことすら馬鹿馬鹿しくなった。微塵も反省の色を見せないロイド様に何を言ったって、きっと僕の気持ちは何一つ伝わらないだろうから。
「……貴方と話していても、時間の無駄ですね」
「テメェ……今なんつった?」
矢筒の中は鉄の矢が10本と複製できる木の矢で満たされてる。風は北から南に3メートル。クロフテリアからの風が、僕の背中を押している。【
今はエリス様たち以外に樹海の中で人影は見え無いけど、騎士たちがロイド様を追いかけてこちらに向かって来ている。邪魔が入る前に、事を済ませよう。
「僕は貴方を倒しに来ました」
ロイド様は怒りに震える手で、背中に携えた大剣を、ゆっくりと僕の心臓を舐めるように、鋭い金属音を響かせながら引き抜いた。
掲げた大剣を目にも止まらぬ速さで下ろすと、少し時間が経って、横にあった大木が斜めにずれて切り倒された。
「悪いなぁ……よく聞こえなかった……もう一回……言ってみてくれねぇか?」
「僕は貴方を倒しに来ました。申し訳ありませんが、貴方の身勝手さも、此処でおしまいです」
「……死ぬ覚悟は出来てんだよな?」
「貴方に殺されるほど、僕は弱く無いですよ?」
大剣を握る手に力が入り、溢れ出した魔力が帯びる。微かな肩の力みと瞳孔の収縮を見て、咄嗟に体を後ろに反らせながら跳んだ。挑発に耐えかねたロイド様が横に剣を振ると、僕の後ろにあった大木が両断され、そのまた後ろの大木にも切り傷を作った。
大剣をただ高速で振り回しただけで、刃を包み込んでいた魔力が、大剣の形のまま飛んでいく。魔術ではなく、体術に近い攻撃。
攻撃力の根幹は、魔力で体力を補う変換率にある。小量の魔力でも最大効率で筋肉の繊維一本一本に流せば、爆発的な破壊力を己の肉体だけで体現できる。ロイド様はその極地に居るような御方だ。
二撃目、三撃目と型もなく剣を振り回して斬撃を撒くロイド様。怒りに身を任せた剣筋はとても大振りで分かり易く、大木が薙ぎ倒されていくばかりで、躱すだけなら造作も無かった。
「ちょこまかと逃げ回ってんじゃねぇ!」
怒れば怒るほど、焦れば焦るほど攻撃は単調になっていく。ただ、ロイド様の場合、怒りに比例して力も増すから、あまり怒らせ過ぎても後が怖い。
鉄の矢で【
音速を超えた矢は炎となって進むが、ロイド様が一振りすると、勢いが死んで矢は役立たずの灰になった。
命を奪わないよう力加減をするしか無かったが、やっぱり真っ向からじゃ通用しない。隙を作って、相手が反応できない死角から射抜かなきゃならなかった。
「ま、待ってください! ケイル!」
強い光が離散すると、そこには光の鎧を外すエリス様の姿があった。ロイド様の攻撃を躱す事に集中しすぎて、いつの間にか【
「エリス様!? 下がってください!」
「ケイル! ロイド様は魔王の呪いに操られています!」
エリス様の指摘に思考が止まった一瞬、ロイド様は鬱陶しいハエを薙ぎ払うように、エリス様に向けて躊躇なく斬撃を放った。
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